告白 //落乱-仙文小説 万年時計のまわる音

告白

床につく支度を整え、文次郎はいつも通りに文机に向かい、筆を走らせる。

――ふりをして、仙蔵が戻るのを待っていた。

潮江文次郎はこの上なく落ち着かない気持ちで文机に向かっていた。
同室の立花仙蔵に対する自分の思いを今夜、伝えるつもりだ。

仙蔵がこの常識的に考えれば異常な気持ちにどう反応するかは全く分からない。
――冗談だと思い笑い飛ばされるか、…――気持ち悪がられるか。
間違いなくそのどちらかだろう。

結果として文次郎にとって事が良い方向へ傾くことはない。そんなことは分かっている。分かってはいるのだ。
しかし文次郎は物事は整然とさせておきたい性質の男だった。自覚してしまったのだからきちんと伝えて玉砕したい、と悩みに悩んだ挙句彼らしい結論を出し今に至るのである。

仙蔵には湯から戻ったら話があると伝えてある。あとは彼が戻ってくるのを待つだけだ。
どのように彼を迎えればいいのか悩んだ文次郎はいつも通り宿題をこなして待つことにしたのだが、彼の全意識は伝える内容と背後の戸に向かってしまっており、宿題をこなしている体裁を保つのが精一杯だった。

――ガラララ・・・

音を立てて、部屋の戸が開いた。

跳ねた心臓と一緒に思わず飛び上りそうだったが、曲がりなりにも忍の端くれだ。反応したことなど微塵にも感じさせずにきっちり抑える。
この部屋のもう一人の住人が、戸を閉め室内へ入ってくる。
文次郎は手にした筆を無理矢理動かした。その文面はおそらく学園随一の字の下手さを誇る委員会の後輩・加藤団蔵よりひどいことだろう。

「戻ったぞ、文次郎。それで?改まって私に話とは、なんだ?」

いつものように軽い調子で仙蔵が声をかけてきた。
大変彼らしいが単刀直入である。いささか心拍数が上がった気がした。

これほどの重大発表がなされるとは露ほどにも思っていないだろう。
彼がいつものように自分の背後に腰を下ろしたのを感じた。
文次郎が早まる鼓動を押さえつけ、落ち着かない気持ちを静めるのに苦労していると、

「早くせんか。今夜はなぜかやけに眠くてな。さっさと言わんと寝るぞ」

仙蔵がやや苛々とした口調で先を促してきた。

――今日告げると決めたはずだ。今更、己の決意を覆すか……?

文句を言いつつも真面目に聞こうという姿勢をみせる仙蔵に、文次郎は己を叱咤する。
やっと決心を固めて振り返ると、仙蔵は真顔でこちらをじっと見つめていた。
視線がぶつかり、いささか脈が速くなる。
しかし視線は逸らさずに、彼の目をまっすぐに見つめて静かに彼の名を呼ぶ。

「仙蔵」
「なんだ」

次の言葉が出てこない。

「――仙蔵。…おれは……」

仙蔵にしては珍しく急かすことも怒ることもせず、静かに文次郎の先の言葉を待っている。

「おれは、お前が―――お前が――…、好きだ」

喉に絡まってなかなか出なかったたった3文字の言葉が、やっと出た。

「そうか、奇遇だな。私もお前が好きだ」
「そうだな、驚いたよな。だが冗談じゃな、く…て……――は?」

仙蔵の言葉に、即座に用意していた言葉を言いかけた文次郎は己の耳を疑った。

「……――は?」

「だから、私もお前を好いていると言っている」

仙蔵が平然とした顔でケロリと言い放った。
嘲笑っているわけでも、馬鹿にしているわけでもなく。

予想外の返答にしばし瞬いていた文次郎だが、ハッと目を一瞬見開いたのち、瞑目して思わず深いため息をついた。

仙蔵は勘違いしているのだ、文次郎が告げた感情は友愛であると――。
故に文次郎はこれから、拒否されるのが分かっている己の言葉の意味することを仙蔵に分からせなければならないのだ。でなければ玉砕したことにならないのだから。わざわざ自分の首を絞めに行かねばならない。故に、気の重さにため息が出てしまうのも致し方ないことだった。
だが、もう引っ込みはつかない。ここまできて誤魔化すつもりはない。
堅い決意を胸に、文次郎は顔を上げた。

「……――お前は勘違いしてる。おれの言っているのは」

しかし言いかけた言葉は、音になる前に途切れた。
代わりに目の前、ものすごく近い位置に仙蔵の整った顔があった。
長い睫毛がよく見えるな、と思い、そして唇に何かがふれている感触があるのに気が付いた。――柔らかくて温かい。

「――こういう好きで間違いないだろう?」

やがて顔が離れ、唇を舌で舐める仙蔵の妖艶な表情が視界に入った。
暫く呆けた後、ようやく文次郎は今一体何が起こったのかを理解した。顔に血が集まる。思わず唇を手で抑えた。
混乱し動揺も露わな文次郎とは対照的に、仙蔵は飄々としたものである。

「ギンギンに忍者している割に、感情がモロに顔に出てるぞ文次郎。まだまだ修行が足りんな。――話はそれだけか?では寝るぞ、布団を敷こう」

文次郎はテキパキと寝支度を始める仙蔵をあっけに取られて眺めた。

一体何が起こった?さっき仙蔵はなんていった?どういうことだ?
思考が追いつかず、山ほど浮かんだ疑問符が頭の周りをくるくると回っている。

はたと我に返れば、仙蔵はすでに一組の布団を敷き終えていた。
そこでようやく文次郎の機能停止していた脳は、納得し得るとある可能性をはじき出した。

そういえば、眠いとか言っていたような気がする。もしや、寝ぼけているのだろうか?
……ありえなくはないだろう、仙蔵は少々寝汚い所がある。

「おい仙蔵……寝ぼけてんじゃねえぞ。もう一度言うからちゃんと聞けよ…って、うわっ!?」

仙蔵が就寝するのを阻止し話の続きをするべく傍へ寄ると、腕をむんずと掴まれて勢いよく引っ張られた。視界が回転し、頭に軽い衝撃が走る。
気が付くと文次郎は布団の上に転がされていて、仙蔵に上から見下ろされていた。

「ってぇな…っ、急に何しやがる!おれの話がまだ途中……」
「ボケてるのはお前の頭だけだ。お前の話は『お前が私のことを恋愛感情で好き』だってことだろう?その話はもう済んだだろうが」

文句を遮った仙蔵の言葉に、文次郎は目をくっと見開いた。
見上げた仙蔵は美しい笑みを浮かべている。

「私もお前のことは恋愛感情で好きだぞ。だから、両想いというやつだな」

――……ありえない。

文次郎は当たって砕ける、それしか考えていなかった。こんな結末など夢にも思わなかった。
驚愕の思いで見上げていると仙蔵は再び、その薄く艶々とした唇を開いた。

「晴れて両想いになったんだ、早速することをしようと言ってるんだ。当然の成り行きだろう?」
「…………すること?」

思いもよらない展開である。すること、とは一体なんだろうか。
仙蔵の話についていけない文次郎がオウム返しに問うと、彼は艶めいた笑みを浮かべた。

「恋人同士で、布団の上ですることといえば、一つしかないだろう?」

言いながら、仙蔵は文次郎の頬を、顎を、首を、ことさらにゆっくりと撫でた。
彼の言葉を反芻していた文次郎は仙蔵の指の動きにピクリと小さく反応して、そして首まで赤くなった。

さすがの文次郎も、仙蔵の言わんとする『すること』の指す行為を察した。
文次郎がようやく理解して現実に戻ってきた時、既に仙蔵は文次郎の夜着を剥ぎ取りにかかっていた。

「ちょ!?……おい!待て、待てって!!……何でおれが下なんだ!?」

慌てて仙蔵の腕を掴むと、仙蔵はきょとんとした顔で文次郎を見下ろしてくる。

「何故?それは私が訊きたい。お前が自分が上だと思う根拠はなんだ?」
「え?えーっと……」

仙蔵と恋人同士になる、などという考えなど全くなかった文次郎は返答に困った。
上だの下だのなど、具体的に考えたことはなかったのだ。
しかし文次郎も男なのだ、プライドというやつはもちろんある。

「体格、とか……、あと……――顔?――いってぇ!」

考え考え紡ぐ途中で、額をゴスっと小突かれて悲鳴を上げる。

「たわけ。女みたいだから、とか言ったら殺すぞ。イケメンな私が上で妥当だろうが」
「――イケ……はぁ!?」
「最上級の快楽を味わわせてやろう。安心しろ、特別に優しくしてやる」

そんなことを言いながら仙蔵は不敵に笑い、さらに反駁しようとしていた文次郎の唇を己がそれで封じた。


[2011/9/28] pixiv初稿

文次郎が告白する仙文なれそめ話。
文次郎は色恋は自他どちらに関しても鈍感で上級生になってきてやっと自覚する。
対して敏い仙蔵は自分の思いは早々と自覚していて、文次郎が自覚するより先に彼の思いもお見通し。
文次郎が告白しようとしているのも分かってた。って設定でした^p^
仙蔵視点も考えていたんですが途中で放り投げました\(^o^)/終始俺得でサーセンw
ちなみに友愛が恋になったのは仙蔵が先で文次郎が後です。あー仙文美味しい!

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