悋気の絲の先に //落乱-鉢尾小説 万年時計のまわる音

悋気のの先に

持ち主の動きに合わせて豊かな黒髪が揺れる。
少し癖のある艶やかな漆黒の流れに、細い紅色の髪紐がよく映える――…。
その様に暫し目を奪われていた鉢屋三郎は、ハタと我に返り首を振った。

違う違う。
あんなすっとぼけたとりわけ美人でも華奢でも色白でもない食い意地張ってる食えない狸みたいなヤツなんぞに見惚れるなんてあり得ないあってたまるか。…まぁ、髪は癖はあるが滑らかできれ…いやいやいや綺麗というなら六年い組の立花仙蔵先輩のサラストで…

「どしたの三郎?あ、勘ちゃんと兵助じゃない。勘ちゃーん、へーすけー!」

ここ最近三郎は、度々同じ様なことを脳内で唱えていた。今日もまた脳内呪文を唱え己の思考・行動を否定しようと躍起になっている三郎を彼と瓜二つな同級生・不破雷蔵が覗き込み、目線の先にいる人物を認めて屈託無くその愛称を口にした。
名を呼ばれた瑠璃の背が二つ、同時に振り返る。動作に合わせて黒髪と紅い紐が踊り、陽光を弾いて煌めいた。三郎は思わず目を細める。その人物は笑顔で手を振る雷蔵(と恐らく私も)を見つけるとぱっと笑顔になり、小走りで駆けて来た。

「雷蔵、三郎おーっす!」

バカみたいな笑顔。元気のいい勘右衛門の背後から共に駆けてきた兵助が片手を軽くあげただけの簡単な挨拶をする。何してたのと尋ねる雷蔵に兵助が答えるのを尻目に、会話を眺める体勢に入っていた勘右衛門の頭部、先ほどから視界にチラつく紅い色を三郎は指差した。

「その髪紐どうしたんだ?」
「お、目ざといなー三郎!さっきタカ丸さんに髪結って貰ったんだ~。なかなかの上物で兵助とお揃いなんだぜー、いーだろ!似合う?」

勘右衛門は体をひねって髪紐が三郎によく見えるようにしながら嬉しそうに答えた。三郎が予想したような回答を、全開の笑顔で。言われて勘右衛門の隣に目をやると、なるほど同じ色の紐が彼のふわふわとした黒い髪を括っていた。

本当は脳内呪文など全く効果がないことに、三郎はずっと前から気づいていた。兵助が同じ髪紐を付けているのにも気付かない程に三郎の目には勘右衛門しか映っていないのだ。勘右衛門の癖の強い豊かな黒髪を、バカみたいに明るい笑顔を、菓子を幸せそうに頬張る様を、授業中の真剣な横顔を、もう長いこと見つめて来た。触りたいと思い、己のものにしてしまいたいと思い、それらをこらえてきた。
それはひとえに、勘右衛門の思いが兵助に向いていることを見つめる内に察していたからだ。

兵助と共にいる時の勘右衛門は常よりも柔らかい表情を浮かべるし、抱きつく・膝枕をするなどスキンシップが過剰だ。三郎はその様をただ指を加えて眺めるだけなのだ。最も長い時を共に過ごして来た2人の間に入れる者など存在しない。もっとも、恋敵とのじゃれあいに混ざりたいなんてついぞ思ったこともないが。
彼が己より勘右衛門と親しいことは明確で、また勘右衛門の幸せを考えるならば茶々を入れて妨害する程度で溜飲を下げざるを得ないのだが今回は話が別だ。斎藤タカ丸に髪を結って貰った、だと?天才髪結いの息子とはいえ1つばかり歳上の、後輩の男に髪を触られて何がそんなに嬉しいというのだ。何の変哲もない普通の髷だし特別なことと言えば紅い紐貰っただけじゃないか――…確かに兵助とお揃いは嬉しいのかもしれないが。他の人間に髪を触らせて嬉しそうにしているのが大変面白くない。

「似合わん。派手過ぎ」

嫉妬の炎に炙られる己を悟られまいとして、三郎は無感動でつっけんどんな評を返した。そしてそんな自分と原因の紅色から目を逸らし、自ら話しかけた癖に兵助と雷蔵の会話を聞く姿勢をとる。

「えぇー…タカ丸さんの見立てなんだけどなぁ」

勘右衛門はつまらなそうに唇をやや突き出しはしたが、それ以上は何も言わず兵助たちの会話に混ざった。

* * *

「へそ曲がり」
「は?」

委員会後の片付けの最中、唐突に落された呟きに三郎は態度の悪い返答をした。可愛い後輩らは既に帰し居るのは勘右衛門ただ一人、変に気を使う必要はない。更にいえば、勘右衛門だからこそできる遠慮のない態度なのである。

「髪紐の話した時、機嫌悪かったね」
「そんなことはない」
「それがへそ曲がりだって言うのー。素直じゃないよな三郎は。ヤキモチ焼きの癖に」

知ってか知らずか、ぶっきらぼうな自分の態度を咎めることもなく呆れた風に笑う。そんな勘右衛門の意味ありげな言葉尻に、三郎は瞠目して沈黙した。
表情こそ見ていないが得意そうな声音で、髪紐の件に関して“ヤキモチ焼き”という単語を出した勘右衛門。確かにあの時は自分から声をかけた癖に酷いことしか言えなかったが…あまりにも不自然だったのだろうか。あの時自分が嫉妬していたこと、この胸の内に秘めた思いに、勘右衛門が気付いてしまったというのか。三郎の額に嫌な汗がにじむ。
しかし何故今ここで、その話を持ち出す必要がある?
言外に素直になれよと、思いを打ち明けろと言っているのだろう勘右衛門の意図が三郎には分からない。自分は兵助が好きだからと釘を刺しておこうとでも思っているのだろうか?そんなこと十二分に、もう嫌というほど思い知らされてきているというのに、それに飽き足らず息の根すら止めると言うのかお前は。
三郎は片付けを続けているフリをしながら、焦りと羞恥でいっぱいいっぱいの頭脳を駆使する。

しかも勘右衛門の態度がやたら得意気であるのも気に食わない。そんな奴にふられると分かった上で素直に告白するなんて非常に虚しく腹立たしい状態に陥るなど、三郎は絶対に許せなかった。
考える内に次第に落ち着きを取り戻していった三郎は告白をしないことを己に固く誓うと、さてではどうやってこの場面を切り抜けようかと思索を巡らし出した。

「羨ましかったなら素直にそう言ってくれれば、その場で譲ってやってもよかったのに」
「……、はぁ?」

唐突に、これまた呆れた様子でかけられた脈絡のない言葉に、思わず訊き返しながら首を巡らせた三郎は、我得たりと言わんばかりにニヤリと笑う勘右衛門とかち合った。

「トボけなくていーって!兵助とオソロなの羨ましかったんだろ?あ、三郎が兵助を好きってことはおれしか気付いてないし、邪魔する気なんてないから安心しろよな。この髪紐譲ってやるよ。ま?おれには派手すぎたみたいだし?後で別の髪紐見たてて貰うからぁ~あーおれってホントいい奴ーぅ」

ひょうきんな口ぶりで一息にまくし立てる勘右衛門に、三郎は呆気にとられた。暫し後に我に返ってゆっくりと彼の発言を咀嚼した三郎は、思いっきり眉根を寄せ口を歪めた渋い顔になった。
兵助を好き!?私がか!??何をどう受け取ったらそうなるんだ!!??

「…あ、アホかお前!?違ッ」
「あーいいからいいから。ホント照れ屋だなもー。ちょーっと待ってろよー」

三郎は驚愕の思いのままに後のことも考えず反射的に反駁したが、勘右衛門はそんな彼の心中も知らずにぞんざいにいなした。勘右衛門を思う三郎にとって間違いなく、最悪の展開だ。つまらない自尊心を優先させずに告白して玉砕する方がはるかにマシだったという状況に見事に追い込むスーパー曲解を披露した勘右衛門は、慈愛のこもった可愛らしい笑顔で三郎を見つめつつ髷に手を伸ばす。くっそいい笑顔しやがって、とその笑顔に見惚れつつどうやって勘右衛門にそれが勘違いであることを諭したらいいのかを必死で考える。試験の類でさえここまで必死に頭を働かせたりはしないのに、と情けない愚痴をはさむ余裕すら三郎にはなかった。

「…む、取れないな。三郎、外してー」

三郎が必死で考えを巡らせているとも知らないで、暫くモゾモゾやっていた勘右衛門は髷を解くのを諦め三郎に背中を向けた。
瑠璃を背景に艶めく豊かな黒が広がり、その暗色の中に細く紅い色が鮮やかに浮き上がる。先刻太陽の下で見た美しいその様が、薄暗い室内で妖しくも楚々とした色香を纏って三郎の目の前に広がった。 凄艶なその様に一瞬で心奪われた三郎は、勘右衛門の勘違いを訂正することも忘れ誘われるようにゆっくりとその美しいものへと手を伸ばした。

指に触れたそれは意外にも冷たくはなかった。
つやつやと輝く髪をただ眺めている内に何となく冷たいのではないかと思っていたが、冬でもなく湯上りでもない人間の毛髪が冷たい訳がないなと頭の片隅で冷静に自嘲しながらも、魅入られたように両の手で髪にそっと触れる。
思っていたよりも硬く、しかししなやかな黒い髪は三郎の掌をつるりと滑る。量が多いのかある程度の重みがあり、夜を溶かしたような漆黒であるのも相まって重厚な存在感を放っている。三郎はずっと触れたくて仕方なかったその髪を、左右の手に交互に載せては滑らせて心地よい重みと滑らかな感触を楽しむ。
暫く楽しんだ後、今度は片方の指を髪へ差し込んで手櫛の要領で髪を梳かしてみた。勘右衛門の髪は三郎の指の間を引っかかりもなくするりと通り抜ける。指の股に感じるやや冷たい感触も気に入り、飽きもせずその動作を繰り返す。

そうしている内に三郎は、ふと髪の一部を持ち上げた手と梳る指で出来る隙間からちらりちらりと白い色が見え隠れしているのが気になった。魅入られぼんやりとしていたせいで、手をずらして全体を直接目にしてようやくそれが勘右衛門の首だということに気が付いた。気付くと同時に釘付けになってしまう。
明るく元気で活発な性質の勘右衛門はどちらかと言えばやや浅黒い肌をしていたはずだが、この豊かな髪に守られ陽に焼けなかったのだろう、髪の色とは対照的な生白いうなじがそこにあった。見るからになめらかで、匂い立つような色香を放つ勘右衛門の白いうなじ。三郎は強い欲求に駆られるままに、髪の間から両手を手を差し入れてそれをそうっと撫でた。

「ッうひゃ、!?」

思ったより温かくなめらかだと一瞬感じただけで、その魅力的なものは三郎の前から失われた。勘右衛門が妙な声を上げて飛び上り身を引いたのだ。三郎は驚いて降参のポーズのように両手を小さく挙げたままフリーズする。勢いよくこちらを振り返った勘右衛門は、酷く驚き混乱した表情ですくめた首をを両手で押さえていた。心なしか顔が赤いなと三郎が思った瞬間、手で押さえたままの首筋までぶわっと一気に朱色に染まった。その様に、三郎は目をくっと見開く。

「、なっ、なにすんだよ…っ!?」

その赤い顔は、言葉が出て来ないのか数度口を開閉した後ようやくそれだけ言い放った。まるで金魚だ、なんて冷静な感想が一瞬過ったが、三郎の思考は全て目の前にいる、全身から抑えられない焦りと羞恥が吹き出ている勘右衛門に注がれていた。上物の美しい髪紐よりももっとあでやかで愛らしい紅い色。その反応、その仕草、そこから導き出される一つの可能性―――三郎はそれが現実であって欲しいと心の底から願った。

「ちょっと掠っただけだろうが、何慌ててるんだ」

呆れた風に両手を腰に当て、ややぶっきらぼうな感じを装いながら不審げに勘右衛門を見やると、何か物言いたげに上目使いで三郎を伺っていた勘右衛門は気まずそうに顔を逸らして背中を向けた。

「――……さっさと外せよな」

背中でボソボソと手短に文句を言いつつ首筋だけはしっかり防御している。そんな勘右衛門に三郎はすぐに手を伸ばさず、真意を探るようにただじっと彼を見つめた。

「―――……なに。さっさと外せって、言ってるだろ」

背中に注がれる三郎の視線に気付きながらも暫くじっとしていた勘右衛門だったが、ついに耐えかねたのかぶすっとした態度で悪態をついた。身体の向きは変えず肩越しに視線を寄越して。三郎はその頬と耳がまだ赤みを帯びているのをしっかりと確認して、賭けに出た。

「髪弄ってた時は黙ってたのに、今度は急かすのか。何の違いだ?」

どストレートの質問。変装名人と呼ばれ、道化師のような振る舞いを得意とする三郎が、何の計算も裏もなく。夢中になっていた時には気づかなかった、そして求める答えに直結しているであろう疑問そのままを勘右衛門に投げかけた。対する勘右衛門は取り繕う余裕もなくただうぐ、とあからさまに言葉に詰まった。それは三郎の願いが現実であることを意味すると読み取れたが、しかし相手は勘右衛門だ。無言でもって言葉での回答を要求する。先ほどのスーパー曲解の過ちから学んだ優秀な鉢屋三郎は、それが現実である確約を欲していた。

「――べ、別に意味なんか、ない。……いいから、外せよ」

混乱から未だ抜け出せぬままににあがく勘右衛門は、非常に不本意そうに大変お粗末な言い訳をして再び三郎に背を向けた。対する三郎は暫しの沈黙を置いて、仕方ないとばかりにため息をつき勘右衛門の髷に手を伸ばす。勘右衛門が、特に自身のことに関しては強く決意したらテコでも動かない頑迷さも併せ持つ人間であることを、三郎は熟知していた。

紅い紐は、思っていたよりもあっさりと外れた。黒い髪がばさりと重たげな音を立て、重力に従い瑠璃の肩や背に落ちる。一瞬勘右衛門が俯いたように見えたが、瞬きの後には軽やかに身を翻して三郎に手を突き出していた。

「じゃ、その髪紐はやるから。代わりにお前の紐貸しといて」

硬い表情で何事もなかったような態度をとる勘右衛門に、三郎は目を細めた。ここまで来てまだ誤魔化そうとあがくか。しかし、願望実現の可能性が確信に変わった今、三郎には彼を逃がす気など微塵にもない。

「知っての通り私は髢を付けているだろう?外せないから交換はできないな」

困ったように眉尻を下げてそう嘯くと、勘右衛門は片眉を跳ねあげた。三郎の嘘を見抜いている――三郎は内心で楽しげに笑いながら、眉間にしわを寄せる勘右衛門を眺めた。

髷が偽物だから髪紐を外せないのは嘘ではないが、彼は変装名人の名をほしいままにしている鉢屋三郎である。無論、変装道具の一つとして数本、懐に持っている。だから交換できないというのは嘘だ。
しかし三郎を心底嫌そうな顔で探るようにじっと見つめ警戒している様子を見るに、恐らく三郎の発言を嘘だと思っていると言うよりは、どうも三郎は自分に対して思うところがあり何かを企んでいるらしい、ということを察知しているようだ。普段は天然でスーパー曲解を繰り出すようなスットボケ野郎だが、さすが優秀ない組の学級委員長を務めているだけある。侮れない。長年連れ添った雷蔵でも、嘘くらいはなんとなく分かるだろうが、心に面を付けるのを得意とする三郎の意図をここまで正確に読み取ることはできないだろう。自然と口角もつり上がると言うものだ。

この態度が偽りであることは既に読まれてしまっているが、気にせずに困った顔のままじっと見つめていると、警戒を解かない勘右衛門が突然赤くなった。何事かと三郎は目を瞬かせたが、勘右衛門はうっすらと軽蔑の色を宿した眸で三郎を睨みつけてきた。また何か勝手に勘違いしていそうだなと思いながら眺めていると、勘右衛門はさっさとこの場から立ち去ろうと思ったらしく素早い所作で腰を上げた。

「そのまま出るつもりか?就寝前でもない今時分、髪を下ろしたまま学園内を歩き回ったら相当目立つぞ。結ってやるから座れよ」

的を得たことをさも親切そうにしゃあしゃあと言ってのけると、勘右衛門は心底憎らしげに三郎を睨みつけ、先ほどと同様にずいっと片手を突き出した。

「じゃあ自分で結うからそれ返せ」
「断る。私が解いたのだから私が結う」

勘右衛門の要求を突っぱねた三郎は、勁い視線で勘右衛門を見上げる。
日常的には意外にも頑固な勘右衛門に三郎が折れてやることが多いのだが、今回は折れない。勘右衛門を逃がしてやるつもりなどないのだから。暫し無言での睨み合いが続く。やがていつまでも折れない三郎に勘右衛門は舌打ちをすると、渋々と言った風情で背を向けて座り込んだ。勿論忘れることなく両手で首をしっかり守り、全身で三郎を警戒したままで。そんな勘右衛門に三郎は目元を和らげた。
勘右衛門を刺激しないようゆっくりと勘右衛門に近づき、そっと髪に触れる。触れた瞬間ぴくりと小さく反応を返したが、三郎は気付かなかったふりをした。

「――勘右衛門。何故、私が兵助を好きだと思った?」

勘右衛門の髪を手櫛でゆっくり丁寧に集めながら、三郎は静かに問う。

「――…三郎、合同授業の時とかよくおれらの方見てるだろ。時々…兵助とじゃれてる時は特に、おれのことすげー怖い顔で見てんじゃん。そりゃ分かるって」 「へぇ、勘右衛門は私のこと、よく見てるんだな」

暫しの沈黙の後、ぶすっとした風にボソボソと“三郎が兵助を好き”である根拠を述べる勘右衛門に、三郎は若干からかうような含みのある言葉を放った。勘右衛門は赤かった耳をさらに赤くして苛ついた様子で反駁する。

「お前が、見てるんだろ!」
「まぁ確かに?私はお前たちをよく見ていたし、お前が兵助とベタベタしてるのが気に食わなかったのも事実だ、認めよう。しかしお前が私を見ていなければ私が見ていることには気づかないだろう?お前も私の方をよく見ていたということだな。それで、後は?まさかそれだけとは言うまいな?」

勘右衛門は三郎の切り返しに反駁したそうに見えたが、それ以上言っても無駄だと思ったのか別の理由を口にする。

「――…お前兵助のいう事には割と素直に従うだろ」
「優秀と言われるだけあって兵助の発言は理にかなっている場合が多いからな、妥当と思ったら同意も従いもするさ」
「火薬委員の一年生見かけるといそいそと絡みに行くし」
「そりゃ伊助だからだろうが。可愛い後輩たちの親しい同級生にも絡みに行くのは当然だ」
「豆腐が出ると兵助に絶対あげてるだろ」
「――……あれは無言の圧力が…」

豆腐の件で三郎は思わず脱力した。兵助に豆腐をやっているのは好意によるものではなく、三郎の勘右衛門への思いを察知した勘右衛門第一主義者の兵助に奉納しているに過ぎない。元々豆腐にそれほど執着心もないし、殺気すら感じる奴から身を護るためならば豆腐断ちなど安いものだ。
同時に三郎は今までの自分を馬鹿みたいだと思っていた。自分は勘右衛門をよく見つめていたが、勘右衛門もまた自分のことをこんなにも見ていたのか。嬉しくはあるのだが何故これまで少しも思い至らなかったのか。何故、未だにこうも食い違ってしまっているのか。――その答えは勘右衛門が鈍感だからだ、という気がしなくもないが。

「大体な、兵助のいう事には従うと言うが、お前兵助と一緒だと解説やら作戦提案やら出番やら、何もかも全部兵助に譲ってるだろうが」
「おれより兵助の方が優秀だし」
「そう思ってるのはお前だけだぞ」

三郎は綺麗に整えた勘右衛門の髪を、そのままぐいと引っ張った。予期せぬ出来事に勘右衛門が後ろに転がり、解放された艶やかな黒髪が三郎の膝や床に散る。三郎は狙い通りに転がり込んできた勘右衛門の身体をすかさず膝で挟み込んで拘束した。嫌がる勘右衛門に暴れる暇も与えず顔を両手で包んで固定すると、三郎は顔を寄せて至近距離から覗き込んだ。勘右衛門の顔が朱色に染まり、その可愛らしい反応を間近で見ることができた三郎は内心でむせび泣きつつガッツポーズをする。

「なぁ勘右衛門。お前が思いの外私をよく見ていたのはよく分かった。けれどお前は勘違いをしている。私は、お前が私を見ていたようにお前を見ていたんだ。お前が気付くより前からずっと、な」

一字一句漏らさず勘右衛門に届くようにゆっくりと告げる。
三郎の告白に一瞬目を丸く見開いた勘右衛門は、しかし更に顔を紅潮させ目尻を吊り上げた。

「…だ、れがそんな嘘…ッ!ばかにするなっ…!」

憤然と繰り出された勘右衛門の蹴りを躱した三郎は、着地した勘右衛門に足払いをかけ再び床に沈めた。鉄拳が飛んでくるより早く上から覆い被さって動きを封じ、怒りの言葉が飛び出す前に唇を塞ぐ。想像していたより柔らかい感触に、三郎は己の拍動が加速していくのを感じる。

「――…っ、………な、……なに……っ!?」

唇を離すと、勘右衛門はゆでだこのように首まで真っ赤になった。元々丸い目をさらにまあるく開き、呆然と片手で唇を抑えるその様がまた可愛らしくて、三郎はその手を退かせて再び唇を寄せる。今度は触れるだけでなく、柔らかいそれを食んで舌でくすぐった。優しく愛撫しながら薄目で伺うと、勘右衛門が頬を紅潮させたままぎゅうと目を閉じているのが見え、愛しさがさらに増す。思う存分柔らかなそれを堪能してから解放してやり、息を詰めていたのか呼吸を乱した勘右衛門を微笑ましく見下ろしながら、三郎は恋しい彼を手に入れるべく真実を説きにかかる。

「さっき言った通り、私はずっとお前が好きだったんだよ」
「……うっ、嘘だ!お前は、兵助が――」
「お前が勝手にそう思い込んでいただけだ。その根拠となる行動は先ほど全部説明したが?ああ言わずとも察したとは思うが、兵助とじゃれている時にお前を睨んでいたのはお前が兵助とベタベタベタベタイチャイチャイチャイチャ無駄にひっついていたからだからな。私には全く寄ってこない癖に四六時中くっ付きやがって…」
「でも…っ」

告白の間に嫉妬に炙られていた時の恨み言もねちっこく挟む。それでも頑なに否定し続ける勘右衛門に、三郎もいい加減焦れてきた。首に触れた時や口吸いした時の反応から見て色恋事に疎い癖に、ここまでしても、ここまで言ってもまだ分からんというのか。大体最初の態度はなんだ、好きな奴の恋路を応援するなんて辛いだけだろうに馬鹿じゃないのかこいつは。そんなに私が好きか!
三郎は勘右衛門の思いの深さに強烈な悦びを感じつつも、好いた相手の恋路を応援するなどと自らの幸せを軽んじ、挙句三郎の中に勘右衛門への思いが実在していると知って尚それを頑として認めない頑固な勘右衛門に怒りも覚えていた。三郎が必死で隠してきた、本人ですら持て余していた慕情の存在を否定するか――ならば分からせてやるまでだ。

「私も触れたことがないのにタカ丸さんなんかに髪を触らせて、しかもものすごく嬉しそうにはしゃぎやがって。――似合ってないなんて、…ただのヤキモチだ。お前の綺麗な黒髪にとてもよく似合う」

言いながら散らばった髪を一房救い上げて唇を寄せ、素直な思いを馬鹿みたいに甘い言葉にして唇にのせる。勘右衛門がより一層肌を紅潮させ、酸素が足りない魚の様にぱくぱくと口を開閉させる様に目を和ませつつ、このまま陥落させてやればいいのではと、睦言のような甘ったるい言葉を綴る。

「さっきお前の髪、つい堪能してしまった。そしたら間からうなじが見えてな――…誘惑に負けた。掠ったんじゃなくて触りたかったから撫でただけだ。驚かせたのは悪かったがお前のうなじがエロ過ぎるのが悪い。やらしい色気放ちやがって…我慢できるか。もうずっと前からお前に触「うわあああああああああああやめろやめろやめろおおおおおおお!!!!かゆい!全身がかゆいいいいいいいい!!!!!!」

それまで静かに睦言を甘受していた勘右衛門が突然大声で叫んで三郎を突き飛ばし、全身を掻き毟った後、頭を抱えてその辺をゴロゴロとのた打ち回った。三郎が唖然として眺めていると、暫くして三郎から少しだけ離れた所でピタリと動きを止めた。恐る恐る遠巻きに伺うと、抱え込んだ腕のすきまから勘右衛門が若干涙目おまけに半笑いの顔でこちらを見上げてきた。

「……三郎、超キモい…」
「キモい言うな!」

今度は三郎が赤くなる番だった。二人きりで相手が呑まれている間は問題ないが、我に返ると恥ずかしくて死ぬレベルだったのだ。未だにぷるぷると肩を震わせて笑っている勘右衛門に、顔を火照らせた三郎は舌打ちをし憮然とした表情でそっぽを向いた。やがてようやく笑いが収まったらしい勘右衛門が這いよって来て、そっぽを向いたままの三郎の服をついと引っ張った。

「…なぁ、おれを好きって本当?」
「――………嘘でそんなこと言うか、馬鹿」

自分の袖をちょんと摘まんだまま見上げてくる勘右衛門に心ときめかせつつも、三郎はぶすくれたままぶっきらぼうに返答した。するとこちらを見上げる瞳がじわりと滲み、泣きだしそうな笑顔で小さく乞うた。

「じゃあさ、もう一回。ちゃんと言って…?」

言葉を求める勘右衛門があまりにも必死で、愛しさがこみあげてくる。三郎は勘右衛門をかき抱き、その耳元にそっと囁いた。

「ずっと前から私は…勘右衛門。お前が、好きだよ」

告げると、背中に勘右衛門の腕がそっと回されて強く抱きしめ返された。腕に収まった勘右衛門は華奢でもない、三郎と肩を並べる優秀な同輩だ。愛しい同輩を、三郎は抱き潰すくらい強い力で抱きしめ返した。
隙間なく密着した体に響く激しい鼓動が一体どちらのものなのか、もう分からない。
分からなくて、いい。

「おれも、三郎が好き」

抱きしめあって顔を三郎の肩口に埋めたままで小さく呟いてから、勘右衛門は体を少し離して三郎の顔を見上げ、ふわりと柔らかく微笑んだ。綺麗な顔立ちとは言えないはずなのに、三郎は素直に綺麗だと思った。華がほころんだような笑顔とはこういうのを言うのだろうと、胸がひとつ音を立てたのを感じながら三郎はそのきれいな笑顔に誘われるように顔を寄せ、優しく唇を重ねた。


イチさんのキリリクで「両片想いからのハピエン」でした。
ぶっちゃけ超難産でした(笑)狐狸合戦が完結する前からしばしば考えてたのに…こんなに時間かかっちゃって…。二次創作小説はエロ思考回路から始めたのでエロなしだと毎度どうしていいか分からなくて(笑)私商業エロBL小説読み漁ってる様な奴ですし(笑)あと私的に忙しい時期が重なってしまっていたのもあります。本当に遅くなってしまってすみませんでした(涙)
それと今回は今まで勘右衛門視点ばっかりだったので、三郎視点で書いてみよう、という課題を自分でつけてみました。そのせいで時間かかったのは…あると思います無謀ですいません(汗)
最後の方は、さぶろーこんなに饒舌とか誰よ(笑)ホストか(笑)と思いながら書いてましたwまぁそれなりに三郎になってるかな!?うちの鉢尾あまりキャラ確立してませんが割と勘ちゃんがしたたかだと思います。難しかったけどすごく楽しかったです!
キリリク本当にありがとうございました!お言葉もリクエスト頂けたのもとっても嬉しかったですし、リクで小説を書いたのは初めてだったのでいい経験になりました。

*この小説はイチさんに捧げます。イチさん、よろしければどうぞお持ち帰りください*^^*!

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