三郎の日 //落乱-鉢尾小説 万年時計のまわる音

■読む前に注意点■
 ・現代転生パロディ(高校3年生)
 ・三郎記憶あり、勘右衛門記憶なし


の日

肌寒さの薄れてきた麗らかな平日の昼下がり、我が家のリビングにある42インチのテレビ画面には、戦国武将をモチーフにした人気ゲームが映し出されている。
派手な閃光を撒き散らして足軽たちを薙ぎ払い画面の中を自由に舞うキャラクターたちを、三郎はソファの中央にどっかりと腰掛けて眺めていた。

「このくノ一、露出が多すぎないか?主人に恋してる感が三禁真っしぐらだし、こんなキラキラした装束じゃ派手すぎて忍べないだろうに」
「三郎って忍者キャラにだけはやたら辛辣だよね。忍者オタクだっけ?てかサンキンってなに?」
「……オタクじゃない」

登場人物の1人である女忍者キャラクターをつい批判した三郎に、その目の前にあるまるい後頭部が、画面から目を外すことなく両手に握ったコントローラーをガチャガチャ言わせながら応じた。返答内容に、三郎は少しだけ残念な気持ちを覚える。

前世の記憶を持って産まれた三郎は、当時思い合っていたはずの、しかし道を分かつことになった後そのまま消息が分からなくなった同輩が忘れられずにいた。奇跡的にその同輩の面影を見つけて昂ぶる思いのまま駆けたのは、あの同輩を最後に見た時と同じように桜の舞う、高校の入学式のことだった。

「…っ、勘右衛門…!」
「…えーと、ごめん。どっかで会ったことあった?」

息を弾ませ手を掴んだ俺に不思議そうな顔を向けた彼は、「私」のことを覚えてはいなかった。

勘右衛門も自分と同様記憶を持って産まれ、「私」を探しているものと思い込んでいた俺は、酷くショックを受けた。
しかし魂は同じだとでも言うのだろうか、同じクラスであったこともあり日々を過ごす中で、俺自身もすぐに今の勘右衛門に惹かれるようになった。

隣に建つ姉妹校が女子校であるものの、男子校である我が校では同性のカップルも割と普通にいる。
「でもおれは普通に女子が好きだし彼女が欲しいよ」と笑っていた彼を、俺はあらゆる手段を使い3年をかけてなんとか口説き落とした。
同じ大学に合格した日、通算99回目の告白にてようやく俺の気持ちを受け取ってくれたのだった。そんなこんなで、付き合い始めてからまだ1ヶ月も経っていない。

今の勘右衛門のことは勿論、前世を抜きにしても愛しいと思うのだが、やはり前世の話や感覚を共有できないのはもどかしいものだった。
ひっそり心に受けた傷を癒そうと、足の間に収まっている身体に腕を回し、癖のある髪に鼻先を埋める。それを少しだけ鬱陶しそうにしつつも、勘右衛門は特に文句を言っては来なかった。ただし、ゲームからは一瞬たりとも目を離さない。許されているのではなく関心がないだけだろう。

「なあ勘右衛門、知ってるか?今日は3月26日だから、三郎の日なんだとさ。一昨日帰りに女子たちが言ってた」

構ってもらえないのがつまらなくて、つい最近仕入れた情報を使って相手をするよう遠回しに要求しつつ、顎で彼の頭頂部をぐりぐりと圧迫する。しかし、勘右衛門は全くの無反応でコントローラーを操作している。

「……勘右衛門、俺めっちゃ暇なんだけど。せめてもう少しこの三郎くんを重んじてくれてもいいんじゃないかね…………、グフッ」

重ねて言い募った所、勘右衛門が頭突きで反撃してきたため、顎に想定外のダメージを負う羽目になった。舌を噛まなかったのが幸いだったが、背もたれに勢いよくひっくり返る。
暫くひっくり返ったままでじっと勘右衛門の背中をみつめていたが、勘右衛門は相変わらずゲームに夢中であるらしく振り返りもしないし声を掛けても来ない。俺は小さくため息をつく。

昔の勘右衛門は「私」をとても好いていてくれていたけれど、今の勘右衛門の中には私のように前世から引き継いだ記憶はなく、俺を好きになってくれる有利性はない。学校で行動を共にしていた親しい友人である俺のしつこいアタックに根負けしたようなものだ。
親がいないからと家に呼んだら躊躇なくやって来るし、平気でこうやって俺の足の間に収まったりする。友達の延長だと思われている感が否めず、勘右衛門が本当に自分をそういう意味で好きになってくれているという自信は、正直全くない。
同じ大学に進学するとはいえこれからたくさんの人に出会うだろうし、なにより大学は共学だ。やっぱり女の子がいいとか言いだしたらどうしよう、などとつい、暗い気持ちになる。

「三郎」

次々と浮かんでくる悪い想像に囚われ悶々としていたが、不意に名を呼ばれて顔を上げた。
瞬間、何かが顔にぶつかってきてすぐに離れた。

何が起こったのか分からず唖然としていたが、半身で振り向いた少しむすっとした顔と一瞬目があい、すぐに目を逸らされた。気持ち頬が赤い気がするその顔に強く惹かれ、食い入るように魅入る。

「……三郎の日、なんだろ。……おめでと、ってことで」

不機嫌そうな顔で居心地悪そうに、明後日の方を見ながらそう告げた勘右衛門、そしてぶつかった場所である口に手をやって、俺は遅れてようやく何が起こったのかを理解した。
誤魔化すように再びゲームに向き直ろうとする勘右衛門の、髪の隙間から覗く耳が赤いのを認めて、背もたれから勢いよく身を起こした。ソファテーブルに置いたコントローラーに手を伸ばす勘右衛門の肩を強く引き、その身を反転させる。
少し驚いた様子でソファに膝立ちになった勘右衛門を正面から見つめると、すぐに怒ったような表情になった。頬が赤く、照れ隠しであるらしいと察する。それがまた可愛くて、また勘右衛門からしてくれたことが嬉しくて彼の唇にぐっと自分の唇を寄せる。しかし勘右衛門の手で行く手を阻まれ、押し返された。

「おれ、怒ってるんだからな。一昨日女子と一緒に帰ったなんて聞いてない」
「え?いや、まあ、さっき初めて言ったけど…」
「生徒会の引き継ぎで遅くなるから一緒に帰れないって言ったじゃん。なんで女子と帰ってんだよ」

むっすりとした顔は照れ隠しではなく本当に怒っていた、などという思わぬ展開に戸惑っていると、勘右衛門が眉を怒らせ睨みつけたまま言葉を重ねて来る。
その瞳を見返しつつ彼の言を反芻して、彼が怒っている理由を思案して導き出された結論に、先ほどの不安や鬱々とした気持ちが綺麗さっぱり吹っ飛んでいった。勘右衛門を怒らせてしまったというのに内心でかつてないほどの歓びに打ち震える。全力で叫び走り回りたいくらいに、嬉しい。

「おれ怒ってるって言ったよな?なにニヤニヤしてんだよ、ドMか?」

つい顔に出てしまったらしい俺を見て、勘右衛門の瞳に宿る怒りが深さを増した。ニヤニヤしてしまうのは不可抗力だと思うのだが、彼の機嫌を損ねるのは全くもって本意ではないので、慌てて表情を取り繕う。

「一昨日は、引き継ぎ終わって帰ろうとしたら、向こうの生徒会長たちと駅までの道が偶然一緒になっただけだし、そん時突然おめでとーって言われただけで……勘右衛門が妬くようなことは何もないんだが」
「や、妬いてなんか…!」

落ち着いて端的に弁明した所、勘右衛門はその内容よりも俺が口にした表現に敏感に反応した。落ち着いてきていた勘右衛門の頬の火照りが一瞬で復活したのもあり、余りにも分かりやすいツンデレ具合だ。
そんな態度にもう少しだけ自信を得られたので、折角の機会にもう一歩踏み出しておきたくなったため、勘右衛門を押してみることにする。唇を奪われたままだなんて、(勘右衛門も男だけど)男のプライドが許さない。

「ずっと言ってるじゃないか。俺はお前が、お前だけが好きだよ、勘右衛門。しかしお前は、この前俺の気持ちを受け入れると言ってくれたが……無理してるんじゃないのか?」
「無理なん、か…!うぅ……、さっき、……、したろ。それがおれの気持ち」

居心地悪そうに身を捩る勘右衛門を捕まえて真摯に真正面から問うと、顔を真っ赤にして途切れ途切れに、しかも肝心な部分が蚊の鳴くような声になったが答えてくれた。しかし俺はどうしても、明確な言葉で、欲しい。

「何をしたって?よく聞こえなかった。それがさっきのことだったら一瞬過ぎてよく分からなかったし。きちんと言ってくれないか?」

真顔で詰め寄ると、勘右衛門は暫し目を泳がせていたが、それでも俺が答えをじっと待っているので、火照っていた顔をさらに赤くして、ヤケになったかもしくは腹を括った様子で大声を出した。

「……~~~~ああもう!分かったよ!おれも、お前が……三郎が、好き」

最後に小声で告げられた言葉を聞きながら、今度こそ欲求に任せて彼の唇に己の唇を寄せた。
一度軽く触れるだけで離した唇が恋しくて、再び唇を寄せると勘右衛門は目を閉じて受け入れようとしてくれる。嬉しくて優しく啄ばむようなバードキスを何度かしたが、勘右衛門の唇の柔らかさと甘さにもっと味わいたい欲求が抑えられず、唇の隙間から舌を押し込んだ。
と、すぐさま鳩尾に衝撃が走り、俺はもんどりうって身を折る羽目になり、それ以上は許してもらえなかった。

前世の記憶が身体に刻まれているのではと思うほどの的確かつ痛烈な攻撃で胃液を吐くかと思ったが、唇を片手の甲で抑えた勘右衛門が、茹で蛸のような真っ赤な顔に薄っすら涙を浮かべて「このバカ!えっち!死ね!」と罵詈雑言を怒鳴り散らしているのが余りにも可愛くて全て許した。まあもともと調子に乗った自分が悪いので仕方がない。

内心での「初心で可愛い勘右衛門をもっと見ていたい」という気持ちと「早くもっと深く味わいたい」という相反する気持ちのせめぎ合いと格闘しながら、取り敢えず口で謝りつつ、さらなる攻撃を受けぬようソファに座りなおして背中から彼を抱き込み、ゲームの続きを勧めた。

まあ焦ることはない、これから始まる大学生活でもっと親密になって行けばいいのだ。今生は、前世とは違って平和な世の中なのだから。
髪に埋めた鼻先で勘右衛門の柔らかな香りを感じつつ幸せな気分で、戦闘が再開されたテレビ画面を眺めた。

相変わらず忍気の無い忍者キャラを受け入れられる気はしないが、勘右衛門と「私」、ではなく「俺」の、豊かで幸せな記憶をこれからたくさん作っていこう、と心中で固く誓ったのであった。


[2017/3/26] privetter初稿


三郎の日に、三郎の日にちなんだ三郎が幸せな話を書こう!と思って書いてぷらいべったーにあげてたやつです。
慣れないことをするのにノリとテンションで乗り切ろうとしたらなんとまぁすごいものができたもんだ……
……とりあえず、おめでとう三郎ヨカッタネ!!!(雑)

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