雨の日も、晴れの日も //落乱-五年生 万年時計のまわる音

の日も、晴れの日も

「全然止まねえな……、今日は俺たちの晴れの日だってのに」
長屋の一室で、八左ヱ門が窓の外を眺め恨めしげにぼやいた。垣間見えている空は薄暗く、戸外からは雨音が聞こえている。
「俺たちの? 雷蔵の、の間違いだろ」
「そりゃ雷蔵が一番にゃ違いねえけど。一緒に鍛錬してきたんだ、俺らもいい線行くだろ! 先輩にだって負けねえぞ!!」
八左ヱ門は己がぼやきのごく一部分に面倒臭いケチを付けてきた三郎を否定はせず、しかし誇らしげに胸を張って応じた。懐の大きさというか、彼のそういう所には感心せざるを得ない。

本日、五月五日。忍術学園では午後から印地打ち大会の開催が予定されていた。曰く、(つぶて)を投じる行為には破邪の力が宿る故に端午の節句に相応しいのだとか。
それが真実かはさておき。印地は、雷蔵が山田先生に教えを乞い伸ばしてきた技だ。そして五人はこれまで、互いの得意を教えあい共に研鑽を積んできていた。故に雷蔵には及ばずとも他には負けない自負がある。それ故八左ヱ門は開催が決定して以来『俺たちの晴れの日』だと言って、今日この日を楽しみにしていたのだった。
「鍛錬の成果を披露できる機会は確かに貴重だけど。現時点で何の報せもないって……本気で雨天決行だったりするかな? 嫌だなあ、忍務でもないのに濡れ鼠になるの」
おもむろに会話に加わった勘右衛門が、率直に嘆いた。至極尤もなその意見に、他の四人も揃って渋い表情になって頷く。

梅雨はまだ先のはずだが、ここ数日雨が続いている。主催が『忍者はガッツ!』を地で行く迷惑なご老人であるため、雨天決行の可能性は高い。仔細は知らぬがどうせ勝者には欲しくもない景品を与える程度の大会に違いない。実力アピールの機会は魅力的だが、濡れ鼠になってまで参加したいとは思わない。

「あれ? なんか空、明るくなってないか?」
兵助の声が淀んだ空気を裂いた。誘われるままに再び窓の外へと目をやれば灰色だった空がいつの間にか明るく、青っぽい色に変化しているように見える。

「ほんとだ!? ぃよっしゃあああああ!!!」
途端、八左ヱ門が歓声を上げて室外へと飛び出していった。残された四人はそれを唖然として見送り、思わず顔を見合わせ淡く苦笑した。それから各々腰を上げ、彼を追って廊下へ出た。
しかし。
「――雲はないのに雨は止んでないとか、どーゆーこった!?」
そこには、庭先で天を仰ぎ吠える八左ヱ門の姿があった。
彼の足下の水面鏡には、纏う藍と背景の薄い青が映り込んでいる。だが次々生じる波紋ですべての輪郭がゆらめき、明瞭な像が結ばれる兆しはない。雨はまだ、止みそうにないらしい。

「へえ~珍しい、日照り雨ってやつだな」
勘右衛門は丸い目をさらに丸くして空を仰いだ。明るい光の中で柔らかな雨に洗われるすべてが、清廉として美しく映る。
「日照り雨って、狐の祝儀とも呼ぶらしいよ。今頃、どこかで狐の娘が晴れの日を迎えてるのかもしれないね」
「それ、聞いたことあるな。天気雨、狐の嫁入りとも言うとか」
勘右衛門の隣で空を仰いでいた雷蔵が、ふと思いついたように浪漫あふれる話題を口にした。それにすかさず兵助が乗る。即話題を広げられるとは、二人とも相変わらずの博識ぶりだ。
「嫁入りかあ。一生に一度の祝いの席が相手じゃ仕方ねえなあ、譲ってやるか。ま、天気なんか俺にゃどうにもできんけど」
「なーにを偉そうに。そもそも雷蔵の、だって言ってるだろ」
「どっちだっていいよそんなの……」
狐の、という単語が響いたのか八左ヱ門が諦めたような声を出した。それに三郎が再び食ってかかり、雷蔵は呆れた様子でため息をつく。いつものことだが、ろ組は集まるとにぎやかだ。

「だがあちらさんも、そろそろお開きみたいだぞ。雨の勢いが落ちてきた」
兵助が微笑を浮かべて水溜まりを指す。水面を揺らして描き出される輪は先刻よりも儚く、数も少なくなって来ていた。
「ええ~、やっぱりやるかなあ。審判、面倒だな~」
「審判? 勘右衛門、出場しないのか?」
「うん、学園長先生のご指示で。学級委員長委員会だからな」
犬のように頭を振るい雑に水気を払っていた八左ヱ門に意外そうに問われ、い組の級長はごく当然そうに請け合った。
「なんだって!? 私、なんにも聞いてないが!?」
それを聞いてろ組の級長が驚愕の声を上げた。鳩が豆鉄砲を食らったかようなその顔を、勘右衛門は半眼で眺めやる。
「三郎は雷蔵を贔屓しかねないって外されたの。あーあ、俺も兵助兵助言ってれば免れられてたかなあ」
「いやそれは無理だろ」
不満げなぼやきに八左ヱ門が冷静に突っ込んだ。その傍らで、話題にのぼった兵助が目を輝かせて己が級長を見つめている。
「俺ごと豆腐を愛でるってことだな! 大歓迎だよ勘右衛門!!」 「あ、やっぱなしで。前言撤回で」
「なんで!?」
歓待を即拒まれた兵助は悲嘆の表情で同室に掴みかかった。そんな彼に死んだ目でされるまま揺さぶられていた勘右衛門はしかし、ゆるりと空へ視線をやると突如不自然なほどに爽やかな笑みを浮かべた。
「――いやあ、さっきまでの雨が嘘みたいにキレイな空だなあ」
「五月晴れってやつだね」
勘右衛門の唐突な話題転換に、雷蔵が苦笑して応じた。そのあからさまな助け船に、兵助は渋々ながらも同室を解放する。

清浄な空気満ちる蒼穹を、数羽の小鳥が嬉しげにさえずり飛んでいく。五人は、それらを晴れやかな気分で見送った。

「んじゃまあ、ぼちぼち時間だし。行きますかあ」
「そうだな」
「おう」
のんびりとした呼び掛けに三者三様に応じると、四人が水溜まりを避け雨上がりの園庭へと降りた。既に庭にいた八左ヱ門の傍らに並んで立つ。傍らを、一陣の風が吹き抜けていった。

「よっしゃあ! 鍛錬の成果、見せてやろうぜ!!」
澄み切った空の下、八左ヱ門の血気盛んな宣言が響き渡る。
頭上に広がる空のような晴れ晴れとした笑顔を湛え、五人は校庭に向けて足を踏み出した。

〈おしまい〉


[2022/5/5] 五年webオンリー「五忍晴れ‼︎」2 記念アンソロジー寄稿

人生初のアンソロ参加にて寄稿した五年オールキャラのSSでした。
開催後再録ご自由にと言うことでしたので遅ればせながら再録させて頂きました。
六ツ時激チョロいんですよ。なので大好き相互さんにお誘いされて軽率に参加することにしたのですが
CPなしの上にSSとかマジわかんねーって感じなのでヒヤヒヤしてるんですよね……(進行形かよ)
友人に読んで貰った限り大丈夫そうだったのでおかしな文章になってはいないと思……うます。
ところで最後のコメントって「開催おめでとう」から始まるんですね……そりゃそうか。
私自分のことしか書いてねえや……(遠い目)ってなってました。
紙所望の方以外残らない感じで良かったぁ!!笑笑
ところでお察しかとは思いますが、六ツ時はまともに書けるのが長編しかねえ人間なので、2P上限だと尺が足りんくてですね……。
四苦八苦しながらなんとかかんとか収めたんですよね。
そしたらまーー他の小説の方のページに比べて絵面的に密度が高くって……圧が!!高え!!!!ってなったんですね。笑
主催さんが大変丁寧な方で、執筆者限定・紙版希望者にそれぞれ直筆で感想をご用意くださったのですが、
「個々の関係性が2ページにぎゅっと巧みに詰まっていて」と書いてくださっていて
(勿論そういう意図ではないのでしょうが)ちょっと笑ってしまいました。すいません、ぎゅうぎゅうに詰め込んで……笑
何はともあれ、いい経験になりました。
Webイベント自体も楽しく参加させて頂き充実した時間でした。楽しかったです。
ここまでお読み頂きありがとうございました!

[ ][ ]