言い得ぬとも譲れない場所//落乱-綾滝小説 万年時計のまわる音

 ――よくもまあ、これだけ嫌そうな顔をされながら毎度同じ話をぐだぐだと、飽きもせずに繰り返せるものだ。

 喜八郎は至極呆れた気分で、すぐそこで繰り広げられているやり取り……にはなっていない一方的な口上を、廊下の壁に寄りかかって傍観していた。ランチを終え食堂を出たところで遭遇した一年は組の三人組に、喜八郎の傍らに居たはずの人間が嬉々として絡んだが故である。
 三つも歳下の、昨今の忍術学園における一大トラブルメーカーたる後輩三人組トリオはあからさまに迷惑そうな顔をしている。だが問題の自惚れ屋の目には、彼らの明け透け過ぎる表情も映らないようだ。今なお絶好調で、お得意の演説をぐだぐだ垂れ流し続けている。他人の評価などでは揺るぎもしないらしい彼の自尊心の高さ、いや堅牢さには呆れを通り越して最早感心してしまう。

 先刻から、三人組がこちらに救いを求める視線を向けて来ているのが感じられる。だがお人好しでもなんでもない喜八郎には、彼らの期待に応える気は毛頭なかった。そこのはた迷惑な男は確かに喜八郎の同行者で長屋の同室者だが、彼の言動の責は彼自身にあり喜八郎には関係ない。なにより絶好調に自惚れている最中のナルシストに関わると、面倒極まりないことになる。不本意ながら長い付き合いである喜八郎は、非常に不服なことだがそれを嫌というほど理解していた。故に最初から傍観を決め込んでいるのである。

「ねえ、喜八郎?」
「なんですかぁ、タカ丸さん」

 不意に傍らから声をかけられ、喜八郎はもう一人の同行者に視線を向けた。二つ歳上の同級生は喜八郎と同様に壁に背を預け、犠牲者三名を気の毒そうに眺めている。しかしその身を起こす気配がまったくないことから、彼もまた助け船を出すつもりはないことが分かる。編入生である彼は付き合いこそまだそう長くはないが、カリスマ髪結いのご子息故にかの男にしばしば絡まれている。厄介具合は身に沁みて分かっているのだろう。
 タカ丸の目は彼らに固定されたままで、こちらを向く気配はない。故に喜八郎も、己が同室が迷惑行為を働いている現場へと視線を戻した。

「喜八郎は滝夜叉丸とずっと同室なんだよね」
「そうですよ」
「大変じゃない?」
「まあ、それなりに大変ですねえ」

 問いかけに、特に感慨もやる気もなくのんびりと返答する。視線の先の自惚れ屋は未だ得意満面で、渋い顔の後輩たちにぐだぐだと自分語りを続けている。

「不満はないの?」
「あるに決まってるじゃないですか。この前も部屋の壁にどデカいポスター貼られたんですよ?」
「ああ、この間の実習の時の……。だよねえ、」

 即答ついでに直近の被害を申告すれば、タカ丸は苦く笑いながらうなずいた。

「部屋を変えて貰おうとは思わなかったの?」
「そりゃ思いましたよ。両手両足の指じゃ足りないくらいね」

 喜八郎はいよいよ絶好調で垂れ流している同室を眺めたまま、自身のかつての努力の数々――数百回に及ぶ担任への直談判および同級生への嘆願――をかいつまんで話して聞かせた。だがそれらの試行錯誤は、喜八郎の現状が示すとおりすべて不発に終わっている。担任は長屋の部屋が足りないとか生徒間で解決すべき問題だとかいう理由で取り合ってはくれず、同級生たちは半ば脅迫となってなお応じてはくれなかった。彼の面倒具合は学園の誰もが知っていることなのだ、脅しも透かしも通用しないのは当然だった。
 なおお分かりだろうが、『生徒間で解決』とは誰かと部屋を変わって貰うことを指し、つまり実質存在しない選択肢である。彼の厄介ぶりを熟知している同級生が相手では、脅しもすかしも通用するはずがないのだ。

「でもそれって去年とかの話でしょう? 四年今の長屋には空きもあるし、今なら変えて貰えるんじゃないかなぁ」

 ほぼ愚痴と化していた説明を受け、タカ丸が小首を傾げる。穏やかで現実的なその提案に、喜八郎はしかしピタリと口を閉ざした。

 確かに、たった今あげつらったような努力をしたのは三年生、いや二年の終わり頃が最後だ。忍術学園では様々な理由から、学年が上がるほどに生徒が減っていく傾向にある。実際、上級生の仲間入りを果たした今長屋に空き部屋があるのも認識している。今なら恐らく希望は通ることだろう。

 不満なんてあるに決まっているし、これほどにやかましく迷惑極まりない男と同室で嬉しい者などいない。

 ――けれど。

「タカ丸さん、そろそろ移動しないと授業に遅れますよ」

 喜八郎は壁から身を起こしつつタカ丸に忠告するなり、すたすたと廊下を歩き出した。は組の予定は把握していないが、い組の午後の授業は座学だ。今なお自画自賛を垂れ流し続けている迷惑人と、その話を死んだ目で聞かされている後輩たちの横を通り過ぎ教室の方へと向かう。
 すると。

「おい、待たんか! この滝夜叉丸を声もかけずに置いて行くなんて、ひどいぞ喜八郎ッ!」

 はた迷惑な同室が非難を喚きながら追ってきた。足音のしない静かな身のこなしが台無しのやかましさである。当然のように隣に並んだ彼を一瞥もせぬまま、喜八郎は素知らぬ顔で口を開いた。

「お前がいつまでも一年生にぐだぐだ絡んでるからだろ。自業自得って言葉知らないかな、平滝夜叉丸くん?」
「だから、他人行儀にフルネームで呼ぶなと言うにッ!!」

 素気ない態度で小馬鹿にしたように尋ねれば、滝夜叉丸が目を釣り上げ喚き散らした。予想どおり、わざと選んだ呼称に真っ先に噛みついて来た彼に、淡く満足感を覚える。だが顔に出すことはせず、真横で呪文のように唱えられている恨めしげな文句たちを当然のように聞き流しながら、喜八郎は思う。

 不満なんてあるに決まっている。
 けれど、残り半分を切った学園生活を今更、この男以外と共にする気はない。また一人部屋になったらきっと、あの狭い空間を持て余すことになるだろう。静寂に物足りなさを感じ、面倒と共に面白みも半減した日々に気持ちを燻らせるようになる――そんな予感がするのだ。

 それに、可能性は極めて低いが、万が一にもこの男が他の誰かと同室になったとしたら――……己以外の誰かと当たり前のように行動を共にする彼をただ見ているなんて考えられない。よく分からないが、受け入れ難いことだと思った。
 意味不明な不愉快を抱えて平坦な日々を送るくらいなら、窮屈で煩わしい二人部屋のままで構わないのだ。

「おい、聞いてるのか喜八郎!」

 考えに耽っていると、滝夜叉丸が不満も露わに問い質して来る。彼の口上と同じくらい聞き慣れた抗議に、喜八郎は頭の後ろでおもむろに腕を組んだ。

「聞いてなーい」
「堂々と答えるなッ!」

 否の答えをしれっと返せば、答えが分かってはいたのだろう滝夜叉丸が怒りも露わに叱責してくる。やかましい彼の文句をやはり聞き流しながら、喜八郎はなんとも言い難い穏やかな気分で教室へと向かうのだった。

***

「タカ丸さん、そろそろ移動しないと授業に遅れますよ」

 我ながら現実的だっただろう提案に対し、歳下の同輩は脈絡のない忠告をするが早いか壁から身を起こした。だが実際のところ、次の授業まではまだ猶予があった――犠牲者三人組がランチを掻き込むことができる程度には。忍者としての知識も経験もまだまだ少ないが、多少なり彼らより年く生き髪結いとして仕事もして来たタカ丸だ。彼が意図的に答えを濁したことなどお見通しだった。

 去り行く喜八郎の後を、それまで周囲の状況も見えない様子で下級生にしつこく絡んでいたはずの同輩が慌てた様子で追いかけて行く。少し遅れて彼らの後を追えば、よく通る喚き声が聞こえて来た。それとほぼ同時に、先を行く青年の速度が緩んだのが分かった。後続の青年――滝夜叉丸が追いつくと、二人はなんやかや言い争いながらも肩を並べたまま廊下を進んでいく。

 そんな二人の背中を眺めて、タカ丸は思わず微笑んだ。

「文句ばかり言うくせに、それでも一緒にいるんだね」

 僅かな呆れを交えてそう呟く。
 編入生であるタカ丸には分からないが、彼らの間には何とも表現の難しい、しかし無視できない感情があるのだろう。得難いに違いなかろうそんな彼らの関係が少しだけ羨ましく映った。

 薄らと抱いた憧憬の念を吐息と共にゆっくりと吐き出すと、タカ丸は目の前で繰り広げられる低次元な口論を眺めながら、彼らの後についてのんびりと自身の教室に向かった。

い得ぬともれない場所


[2024/11/10]

一週間ほど遅れましたが、2024/11/4開催の四年生Webオンリー『僕らを4でよ!』にて公開した綾滝小説です。当時タイトル未定でしたがフィーリングでつけときました。笑
新刊執筆中に脱線しボツにした部分のリサイクルです。故に新刊と若干リンクしてはいますがこれだけでも読める、綾部視点の日常のほんの一場面です。ものすごく短いし綾滝ってぇか四いってぇか…て感じの代物ですが、綾滝と言い張っておきます。
素直には認められず、輪郭を明確にすることも関係に名前を付けることも無意識に避けていながら、相手の傍らにあるのは己がいい。
べったりするのではなく、きっと卒業のような別れが来たらそのままあっさり離れていく。でも往来で出くわしたら絶対に絡みに行く。そんな感じの、好きなんだか無関心なんだか分からない感じの四いに萌えます。
……本人たちの感情が曖昧なせいもあるかもですが、やっぱり六ツ時は四いの“概念”に萌えてる節があり、本もそうですがこの話にもその点は濃縮できている感じはするので、好きだな~と思って下さった方は六ツ時と握手ッッ!!!!!

ここまで読んでくださりありがとうございました!!

[ ][ ]