「はーっ、つっかれたー」
両親が奥へ引っ込んだのをいいことに、オレは誰もいない店の木製の椅子にどかっと腰かけた。
休日の昼時の目まぐるしさを経て、ようやく一息ついたのだった。
「こんにちはー、椎葉米店でーす」
ちょうどその時、ガラガラ、と音を立てて戸が開き、威勢のいい声が響いた。
戸の向こうから現れたのは、マブダチ6人組のおかん役であるイバちゃんこと椎葉杏子だった。
両肩に合計4つの米袋を担ぎ、平然としているイバちゃんは相変わらず頼もしい。
「あ、イバちゃん。お疲れー」
へにゃりと笑うと、イバちゃんはいつものように呆れた風な笑顔を見せた。
「今日も繁盛してたみたいだね、お疲れさん。…おじさんかおばさんは?」
「もークタクタだよ。オヤジたちは奥」
「そう。じゃ、ちょっとお邪魔するね」
そう言って奥に向かうイバちゃんを目で追いつつ、オレはこの間の小事件を思い出していた。
『あたしがピアスあげたら、つけてくれる?』
『うん』
太鼓練習に差し入れに来てくれたイバちゃんの唐突な問いに、オレは思わず即答した。
それをきいたイバちゃんは、少し驚いた顔をした、直後。
ふわぁっと、今まで見たこともないような笑みを浮かべた。
あの時、オレはその笑顔にびっくりしすぎて固まっちゃったけど。
なんでかな。あれからずっと、イバちゃんのあの笑顔が頭から離れない。
「一休!このボケ息子!」
急に、怒鳴り声が降ってくると同時に脳天に衝撃が走って、目の前に星が散った。
ひどい現実への引き戻し方に涙目で睨みあげると、目の前に親父が仁王立ちしていた。
「~~~~ってぇなバカ親父!!」
「バカはおめぇだこのボケ息子!杏ちゃんが米袋運ぶの位手伝ったらどうなんだ!女性には優しくって言ってんだろが!」
「いいって、おじさん。あたしの仕事だし」
オレと親父が言い争っていると、イバちゃんがあわてて仲裁に入ってきた。
親父はそんなイバちゃんをしみじみと眺める。
「杏ちゃんはホントいい子だなぁ、一緒に育ったってーのに、うちのアホとは大違いだ」
「うるせーな。…イバちゃん、その米まだこれからどっか届けるんだろ?」
親父を無視して、脇に置いてある2袋を顎で指しながら聞くと、
「あ、うん。あと一軒で最後かな」
「そっか、じゃー送ってくよ」
言いながら立ち上がると、イバちゃんが面食らった顔をした。
「え、なんで?いいよ、普通にまだ昼過ぎだし」
「持ってくの手伝う」
「いや、2袋くらいもてるし…」
「親父にも手伝ったらどうだって言われたし」
そう反論しながら米袋を両方とも担ぐと、イバちゃんを置いて扉をくぐった。
外へ出ると、むわっとした暑い空気が全身を包み込む。
「ちょっと、キュー?」
イバちゃんがあわてて追いかけてきて、オレの横に並ぶ。
そっと横目でうかがうと、イバちゃんは不審そうな顔でオレを見ていた。
「一体なんなの?…家の手伝いサボる口実?」
「………じゃー、まぁ、そーいうことで」
「…はぁ」
ホントはそんな理由で手伝おうと思ったわけじゃない。だいたい一番忙しい時間は終わったばっかだし。
イバちゃんはなんとなく納得できないみたいな顔をしていたけど、
長い付き合いから、オレがそれ以上何も言わないつもりなのが分かったらしく、話題を変えた。
取り留めもない話をしながら隣を歩いているイバちゃんを、オレは改めてこっそり伺った。
…イバちゃんて、思ってたより背が低いなぁ。もっと大きいと思ってた。
いつも米袋を2袋ずつ軽々と担いでいる腕も、しっかりはしているけど案外細いんだなー。
傍にいるのが当たり前だったから、こんな風にまじまじと見るとなんだか不思議な感じだ。
「ちょっと、キュー!聞いてんの?」
「えっ」
急に名前を呼ばれてオレがびっくりしてると、イバちゃんはまた見慣れた呆れ顔になった。
「もー、全然人の話聞いてないんだから」
ごめん、と謝るとイバちゃんは再び前を向いて歩きながら話し始めた。
いつもと同じ幼馴染の話題で、クロがドジを踏んだ話などをすると、イバちゃんが笑う。
でも、あの時の笑顔とはやっぱり違う。どうしてだろう?
不思議で仕方ない。あの笑顔を、もう1度見てみたい。――……そうだ。
「……ねぇ、イバちゃん」
「なに?」
いつもの顔で、先を促すイバちゃんを見つめて、オレは口を開いた。
「ピアス、いつくれるの?待ってるんだけど」
「え、……」
「くれるんでしょ?」
「あ、うん…っ、そ…だったね」
一瞬固まったイバちゃんは、うつむいてなんだかつっかえながらそう答えた。
「もしかしてまだ買ってない?」
「……うん、まだ」
申し訳なさそうなイバちゃんを見てて、オレはいいこと思いついた。
「――これ届けたら、今日の分終わりなんだろ?」
「え?う、うん」
「じゃーさ、これ届けたら、買いに行こうよ」
「え?」
「ピアス!オレに似合いそうなの一緒に選んでよ。きーまり」
いつもの調子でそう言うと、いつもすぐに飛んでくる文句とか鉄拳とかが飛んでこないから、
オレはちょっと面食らった。
「……イバちゃん?」
さすがに強引過ぎたかと慌ててイバちゃんの顔色を窺うと、
うつむいたまま黙っていたイバちゃんが、顔を上げて正面を向いたまま笑った。
「もー、相変わらず強引だなあ」
反則だ。
いつも通りに文句を言っているイバちゃんなのに、
もう1度見たかった、いつもとは違うあの笑みを浮かべてた。
イバちゃんのまあるいほっぺが淡い桃色になってて、
横から見る笑顔は、キラキラ輝いてた。
……午後の明るい太陽のせい、だよな?
無情にもドキドキ弾むオレの心臓が、そんな考えを否定する。
顔が熱い……赤くなってるかも。
でもイバちゃん前向いてるし、バレやしないよな。
ピアスを一緒に買いに行こうって言ったのはその場の思い付きだったし、
イバちゃんを送ることにしたのは「あの笑顔が見てみたいな」っていう単なる好奇心だった。
ただ、それだけだったのに。
好奇心とピアス
「花がほころぶような、ってこういうのを言うのかな……むちゃくちゃ、かわいかった」
初キューイバ挑戦。10巻の夏祭り前の出来事的な何かです。
かなりの捏造、おまけに意味不明です。でも反省はしてません←