万華鏡 -裏- //落乱-鉢尾小説 万年時計のまわる音

「――鉢屋って万華鏡みたいだな」
「……はあ?」

自ら率先して後輩の実技練習を見てやった後、三郎は長屋に帰っていく二人を見送ってから縁側でそれを眺めていたおれの隣に腰を下ろそうとした。
そのタイミングで急に投げかけたおれの言葉に、三郎はつっけんどんに聞き返してくる。
しかしその問いには答えずに、不審そうにこちらを見る三郎を尻目におれはその場を後にした。

万華鏡 -裏-

昔の話をしよう。
実技の練習をしている彼らを眺めながら、おれは昔のことを思い返していた。
何となく鉢屋三郎を苦手に思っていた時期があったことを。

あれはそう、入学して暫く経った頃のことだ。
い組の級長に選出され所属することになった学級委員長委員会なんて舌を噛みそうな委員会で、勘右衛門は隣の組の学級委員長となった鉢屋三郎に出逢った。
勘右衛門と三郎は委員会で言葉を交わす内に次第に打ち解け、委員会以外でもしばしば言葉を交わすようになっていった。
知れば知るほど愉快で興味深く面白い新しい友達に、勘右衛門はすぐに夢中になった。

「鉢屋三郎は自分の顔を隠しているのに、本当に友達だなんて言えるのか?」

そんな矢先、級友の誰かが、委員会や三郎の話を楽しげにする勘右衛門に放った、言の葉。
今思えば、その問いは既に忍術の才格を見せ始めていた三郎に対する負の感情の混ざった冗談だったのだろうが、当時の勘右衛門には一字一句がぐっさりと突き刺さった。

“鉢屋三郎は同室の雷蔵の顔を借りている。”

それは学園でも有名な話で、当然勘右衛門も知ってはいた。
だが、その顔の真の持ち主とは言葉を交わすことはあっても特に親しいわけでもなく、二人揃っている所を見かけても双子を見て感心するようにただ本当に同じ顔なんだなと思う程度のことだった。
勘右衛門にとっては初めから鉢屋三郎はその顔の人物であり、双子の見分けをつけるのが難しいのと同じようにどっちがどっちか分かりづらい、くらいにしか思っていなかった。

その頃既に勘右衛門は、三郎一個人に惹かれ始めていた。――…この頃はまだ友人としての憧れだったが。
けれど、出逢ってまだ間もない勘右衛門は三郎のことなど全然知らなくて、考えていることも少しも分からなかった。
おまけに当時から三郎の変装は見事で、なかなか見破ることができずしょっちゅう騙されていた。

勘右衛門は、三郎が三郎であることを証明する手段を、確信を持つ理由を、ひとつとして持っていなかったのだ。
その事実を突き付けられ、意識した。だからこそ、その言葉が刺さった。その凶器を放った同級生に対して、当たり前だろバカ言うなよ、などと嘯く幼い彼の胸に。

“本当に友達だなんて言えるのか?”

その問いが勘右衛門の心を占拠した。
自分がみている鉢屋三郎は本物の鉢屋三郎か?それとも――偽りなのか?
もしかしたら「鉢屋三郎」なんて人間はこの世には居なくて、素顔を誰も知らない変装名人が「鉢屋三郎」を演じているだけなのかもしれない。 そんなよく分からない疑念までむくむくとふくらんでゆく。なかなか眠れない日が続き、授業中もつい上の空になった。
そんな風に妄想を含む出口のない迷路に迷い込んでいた勘右衛門を救ったのは、三郎の顔をした――正確には三郎に顔を貸している少年だった。

「三郎が三郎である証明?難しいこと考えるなあ…一緒に居れば分かるようになると思うけど」

たまたま顔を合わせ、勇気を振り絞り思い切って尋ねた勘右衛門に、雷蔵は何故そんなことを訊くのかと不思議そうに小首を傾げた。
勘右衛門はちょっとだけムッとした――お前は三郎の片割れだからそんなこと言えるんだ。好かれていて、いつも一緒に居るもんな、と――だが、顔には出さなかった。
しかし。

「三郎が本当は鉢屋三郎という人間じゃなかったとしても、別にいいじゃない」

続けて耳に届いた言葉に、勘右衛門は目をぱちくりさせて雷蔵を見た。
柔らかく微笑む雷蔵は、同じ顔のはずなのに三郎とは全く違う顔に見えた。

「今ここにいる、この三郎が、ぼくたちの友達の三郎。どんな名前でも、どんな顔でも、それは変わらない。そうでしょ?」

たとえ顔が借物でも、姿が違っていたとしても。名前すら、偽物だったとしても。
三郎が“三郎”であることに変わりはないのだと。

それまでずっと勘右衛門の頭に立ち込めていた暗雲が、突風に吹き飛ばされるように消え失せた。
なんでそんなことをずっと気に病んでいたのだろう、と不可解に思う程にさっぱりとなくなってしまったのだ。

「雷蔵、君は……すごいね。ありがとう!」

感動のままに雷蔵に飛びつくと、雷蔵はびっくりした顔で勘右衛門を受け止めたが、しかし頭上にハテナをたくさん浮かべてぐるぐる悩みだした。
そんなところで、今度は雷蔵が悩むのか。おかしくて、先ほど感じたちょっとした嫉妬も吹っ飛んでしまった。 愉快な気持ちになった勘右衛門は、雷蔵に抱き着いたまま笑い転げた。 ――三郎が「私の雷蔵にくっつくんじゃない!」なんてぷりぷり怒りながら勘右衛門を引っぺがしに来るまで。

「――おい、勘右衛門!」

腕を引かれ、足を止めた。回想の中の幼い雷蔵がぼやけて、目の前に居る現実の、齢十四となった三郎に変わる。
慌てて追いかけてきたらしい彼は、とりあえず呼び止められたことに安堵したように息を吐いた。勘右衛門は回想に浸るあまりに三郎の呼び声を聞き漏らしていたらしい。 今となっては雷蔵と三郎の見分けなど朝飯前、何処をどう見ても彼が“三郎”以外の何者でもないと分かる。 それどころか今の勘右衛門には、無表情でも、全精神力を以て雷蔵のふりをしていても、絶対に“三郎”だと判る自信があった。 それは、あれからずっと――…長いこと見つめてきた賜物とも言える。

「なんだ、どうしたんだ急に。なんなんだ万華鏡って」

勘右衛門のたった一言、他愛のない戯言を気にしている三郎の様子に勘右衛門は小さく笑った。
あの小事件を契機に、自分の中の三郎の存在は大きくなっていった。 基本的に雷蔵中心に世界が回っているのは変わらないが、今では自分もまた彼の中の多くを占めていることを、勘右衛門は知っていた。
心を晴らせてくれたあの日から雷蔵もまた、勘右衛門にとって特別な存在となっている。 小さな嫉妬はどうしようもなく持ってしまうし、障害となることも多々ある。 だが、追い風となってくれるのもいつだって雷蔵だった。

三郎の――正しくは先ほど自分が発した言葉を反芻する。
万華鏡。回す度に目の前に広がる姿が変わる、舶来品の玩具。
見事な変装術、そして優れた技で見る者を魅了する点においても、三郎は万華鏡とそっくりだと思う。
しかし、どんな形に変わろうとも、それが“三郎”であることに変わりはなく、また彼らしさが勘右衛門を強く惹きつけ共に居るだけで飽きない。

「んーん、何でもないよ」

答えながら、自分を追ってきた三郎に背中から寄りかかると、彼は当然のように受け止めて、勘右衛門の意図を伺うように顔をのぞき込んできた。
持ち主の気持ちによって濃さを変える、他の者より少し色素の薄い、勘右衛門の好きな彼の瞳。
じっと見上げていると、三郎が何やらもごもごしたあと、小さく唇を引き結んだ。瞳の色が濃くなり、頬に淡く紅が散る。

三郎の意図する所を察して、あえて勘右衛門はその身をぱっと離した。堪えられず湧き上がってくる喜びが刻まれた口元を隠すために。
――雷蔵第一である内は、甘くなんてしてやらない。そう勘右衛門は思うのだ。

「あ~あ、お腹すいた。雷蔵と兵助誘ってご飯にいこーっと」
「おいコラ待て。まずここにいる私を誘うべきじゃないのかクソ狸」

誤魔化すように頭の後ろで腕を組み歩き出すと、隠し切れない落胆の雰囲気を纏った三郎が恨めしげに文句を言いつつ付いて来る。

おればっかり好きなのは癪だから、おれが一番って言うまで絶対に許してなんかやらない。時々態度で仄めかしては誤魔化して苛めてやろう。 そう思いつつ、勘右衛門は空腹のひどさを言い訳に、ぶちぶち文句を言う三郎の手を取り駆けだした。 急に走るな、などと引き続き文句を言いつつも喜色を纏って共に駆ける三郎に、思わず声を上げて笑う。

本日のメニューがなんであろうと、きっととっても美味しいことだろう。


[2017/06/04]

元々2014年の忍FESの無配用に準備したもの…だったのですが間に合わず。。ほぼお蔵入りとなったシロモノでした。一応少しだけ刷っていったのですが、手にされた方は殆どいないと思われます。
SSが苦手すぎたのでお題ベースで練習がてら作ったお話に、今更超手を加えたものです。
まんま「万華鏡」がお題。当時は(かなりの貴重品だと思うけど)既にあったと思われる万華鏡。お互いがお互いのことを万華鏡になぞらえるとしたら…という設定で書いたので、鉢屋目線と勘右衛門目線の両面でひとつです。
…二つで一つだったらSSの長さじゃないじゃん、とか言わないそこ。
勘右衛門にとって鉢屋はずっと、くるくると変貌し掴めないのに、惹き付けてやまない存在、なんじゃないかなと思って。空気感から、お互いに好意を持っているなあと感じてはいるものの、なあなあでは許してくれないしたたかな勘ちゃんです。最高!
ゆる~い考えで書いたのでなんだかいろいろめちゃくちゃだったのですが、貰ってくださった方は本当にありがとうございました。でも書くのはとても楽しかったので、ぐだぐだ長編ばっか書いてますがたまにはこういうのもいいかなあ、と思ったり。

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