万華鏡 -表- //落乱-鉢尾小説 万年時計のまわる音

くる、くる。くるり。
ほんの少し廻すだけで、世界が様変わりする。
しゃらしゃらと優しい音を立てて、次々と新しい世界が眼前に広がるのだ。
変幻自在に変わり続けるそのどれもが美しく、決して飽きない、私のお気に入り。

万華鏡 -表-

その放課後、学級委員長委員会は例の如く縁側でのんびり茶を啜っていた。
珍しく学園長の突然の思い付きが大人しかったため飛び込みの仕事がなく、また常の仕事は粗方済んでいたため、福富しんべヱイチオシの団子を皆で楽しく味わったが、その後庄左ヱ門と彦四郎は宿題があると言って長屋へ戻っていった。
結果、暇を持て余した上級生2人だけが残された、訳だが。

ちらりと隣に目をやると、勘右衛門はお茶を手に日向ぼっこを満喫しているようだ。
目を猫のように細めたゆるゆるに緩んだ表情を湛え、大層心地よさそうに微睡んでいる。
全開の幸福顔に思わずクスリと笑うと、勘右衛門がその顔のままこっちを向いた。

「なに鉢屋」
「いや?別に…」

否定したものの、つい言葉尻にぶふ、と小さく吹き出した。
横から見ていた時は猫のようだと思ったが、正面から見たらタレ気味の目と眉が効いていて、あほ面のたぬきにしか見えない。

吹き出したのがあからさまだったので、流石の勘右衛門も細目をやめ不機嫌そうにじろっとこちらをにらんできた。
タレ眉がきりりとつり上がってはいるが、どんぐりのようにころんとした目とむくれた丸い頬が迫力を感じさせない。
僅かながらある座高の差で上目づかいになっているので尚更だった。

「人の顔みて吹き出すとか。失礼な」
「悪かった、悪気はないから許せ」
「悪気が無い方が失礼だろがこの野郎、そのツラぶん殴ってやろうか」
「お前の腕力だと面どころか顔がひしゃげそうだからやめろください」

物騒な軽口の応酬を楽しみつつ、ガッチリ準備された彼の右拳をそっと握って膝上に戻す。
膨らんだ勘右衛門の両頬を片手でつかむように指を添えると、私の行動にキョトンとした勘右衛門に遠慮せず、少し勢いをつけてつぶした。ぶぶぷぅ、と間の抜けた音を立てて溜められていた空気がタコのように窄まった唇から抜ける。
それがまたおかしくてまた笑うと、一瞬呆けていた勘右衛門は怒りを湛えたむっすり顔で私の手をどけようと手首をつかんでくる。

「こ・にょ・よ・ろ・お!」

顔をつかまれ正しく発音できていないが「この野郎」と言っているのだろうその顔は、眉の間と鼻に皺が寄って、まるで威嚇している本物のたぬきみたいだと、呑気にそう思った。
が、のんびりしていられたのは一瞬で、すぐにそのまま力比べに突入した。お互いに片手から両手での戦いとなり、次第に意地になる。離すまいと力を込めるうちに、勘右衛門の顔がさらに潰れて唇を前に突き出したひょっとこのような顔になっていた。
その顔が最高にぶさいくで、堪え切れなかった私は盛大に噴き出した。

「ぶっさいく」

つかんだ手はそのままに肩を揺らしつつ一言感想を述べると、勘右衛門は今まで以上の怪力で抵抗を開めた。こめかみのあたりに青筋が見えるようだ。万力鎖を得意とするだけあり、正直力比べでは勝てそうにない。
ぎゃあぎゃあ文句を言い続けている勘右衛門はしかし、へちゃむくれの顔では発音がわやくちゃで、
最早なにやらもがもが言っている風にしか聞こえない。

「なんて言っているのかさっぱり分からないな」

笑いながら、自分の他愛のない戯言でこれだけ怒る勘右衛門にこみ上げるものを感じる。
(自分でさせているのだが)ぶさいくな顔が愛おしくて、彼の突き出たそれに己の唇をつけた。
軽く触れ合わせるだけで顔を離すと、勘右衛門は暫し呆気に取られた風に停止したのち、急にめちゃくちゃに暴れだした。
暴れ出す寸前、首筋から頭の先まで一瞬で見る間に赤くなっていった彼は、突き出た唇も相まって本当にゆでだこのようだ。腕をふりまわして殴りかかってくる勘右衛門は顔どころか、耳まで真っ赤だ。
それがまたおかしくも愛おしくて、心の底から笑いながら暴れる勘右衛門の拳を躱しつつその顔を無理やり引き寄せて、再び唇を奪う。

今度は触れ合わせるだけでは許さず、そのまま舌を差し込んで歯列をなぞった。
ビクリと強張らせて身を引く勘右衛門を逃がさないよう、後頭部に手を添え、もう片方の手で腰を抱き寄せる。
口腔に侵入して口蓋を舐め上げ、縮こまるその舌を捕らえて吸い上げる。柔らかく熱い彼の口内は甘味とは異なる甘さをもたらし、心地よさについ夢中になる。勘右衛門もおずおずと応えてくれ、ひどく満たされた気持ちになった。

ふと思い至って薄らと目を開けて伺うと、勘右衛門は顔を赤く染め快楽に酔ったふにゃけた表情を浮かべていた。
間近で見ると短い睫毛が隙間なく彼の目を縁取り、彼の目力の要因はこれかなんて少しずれたことを考える。

わざと銀の橋が架かるようにしながら唇を離すと、勘右衛門が名残惜しげに僅かに眉根を寄せた。意図してか否か分からないその色香に煽られたものの、こんな真昼間から、しかも委員会室の縁側で盛る訳にもいかないのでぐっとこらえる。と、切なげな雰囲気を一瞬で消した勘右衛門が再びにらみ上げてくる。
薄らと欲に濡れ潤んだ瞳が柔らかな午後の陽光を弾いて、まるで夜闇に煌めく天の川を封じ込めたようだ。

「お前はまるで万華鏡みたいだな」

勘右衛門の唇から批判の言葉がこぼれる前に、小さなつぶやきを落として笑う。
意味が分からなかったのだろう、勘右衛門は頭の上に盛大に疑問符を浮かべた。が、それは無視して放り出していたお茶に手を伸ばし一口すする。なんだかとても、満たされたいい気分だった。

「いい天気だなあ」
「……そうだな」

ありきたりな台詞を口にした私を、勘右衛門は茶化すこともなじることもしなかった。
文句を言うことは既に諦めたらしく、彼もまたお茶碗を手に空を仰いでいるようだった。
さわやかな風が優しく前庭の草木を揺らしていくのを二人並んで眺める。
穏やかな午後は、ゆっくりと過ぎていくのだった。


[2017/06/04]

元々2014年の忍FESの無配用に準備したもので、SSが苦手すぎたのでお題ベースで練習がてら作ったお話に手を加えたものです。
まんま「万華鏡」がお題。当時は(かなりの貴重品だと思うけど)既にあったと思われる万華鏡。お互いがお互いのことを万華鏡になぞらえるとしたら…という設定で書いたので、鉢屋目線と勘右衛門目線の両面でひとつです。
…二つで一つだったらSSの長さじゃないじゃん、とか言わないそこ。
鉢屋くんからみた勘右衛門はくるくると表情が変わる、とっても面白い存在なんじゃないかな、と。そう思って書きました。美しくも珍しい玩具みたいだなんて、ロマンチストなポエマーみたいね鉢屋くんってば(笑)
ゆる~い考えで書いたのでなんだかいろいろめちゃくちゃだったのですが、貰ってくださった方は本当にありがとうございました。でも書くのはとても楽しかったので、ぐだぐだ長編ばっか書いてますがたまにはこういうのもいいかなあ、と思ったり。

★勘右衛門視点の方はこちら

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