■読む前に注意点■
・『かたみわけ』の蛇足のお話です。多分これだけで読むとあまり意味分からない気がします…。
・きり丸が出てきます。きり丸+土井のつもりで書いたので支障は無いと思うのですが、六ツ時はきり土井派です(どうでもいい
それでも大丈夫だよ!って方はどうぞ↓↓
「きり丸」
「ハイ?」
さほど重くもない木箱を抱え上機嫌で廊下を歩いていたきり丸は、不意に名を呼ばれて振り返った。
その視界に、学園一ややこしい先輩が親しげに片手を振りつつこちらに歩み寄ってくる姿を捉える。
この学園には、今目の前にいる先輩と全く同じ外見をした人間がもう一名いる。二人に血の繋がりはなく、片方がもう一方そっくりに変装しているという奇妙な関係だ。
変装している側は鉢屋三郎、されている側は不破雷蔵といい、どちらもきり丸より四つ年上の五年生である。鉢屋先輩の変姿の術は大変見事で、見た目だけを頼りに二人を見分けるのは上級生でも難しいほどだと聞く。
登場直後の自己紹介は落乱ではお約束だが、日常の中で忍たま同士が出会う度、自ら名乗りを上げるなどまずしない。しかもきり丸はまだ一年生だ。ややこしいことこの上ないその先輩がどちらなのかなど、さっぱり分からない。
しかしながら、オリジナルである不破先輩はきり丸が所属する図書委員会の先輩だ。日頃世話になっている先輩を間違えたくない。そう思い、自分の名を呼んだ声音や口調を思い返しつつ現在のたたずまいをつぶさに観察した。少し悩んで、己が日々お世話になっている親しい先輩の方ではない方だときり丸は判断した。
「えーっと、不破先輩に変装中の鉢屋先輩、なんかご用すか?」
「今手に持ってるそれはなんだい?」
どうやらきり丸の判断は正しかったらしい。
鉢屋先輩はしかし言い当てられたことに頓着した様子もなく、きり丸の抱える小箱を指さして尋ねてきた。きり丸は見分けられたことに淡く達成感を覚えつつ、何故そんなことを訊くのかと不思議に思う。
「まぁ、見ての通りの小間物っすけど」
「どうして小間物を持って歩いてるんだ?」
「尾浜先輩がくれたんすよ、小遣いの足しにでもするといいって。いやあほんと、尾浜先輩は最高の先輩っす!あひゃあひゃ!」
更なる謎の質問に対しても素直に答え、ついでに聞かれてもいない尾浜先輩への賛辞も口にした。
そう、つい先刻まできり丸は尾浜先輩の部屋にお邪魔していた。委員会から戻った庄左ヱ門に、尾浜先輩の部屋に来るようにと言伝を受けたのだ。接点など殆どない尾浜先輩が一体何の用だろうかとおっかなびっくり伺ったところ、唐突にこの箱を手渡されたのである。
尾浜先輩は、それは要らないものだから売るなり質に入れるなりして小遣いの足しにでもするといいと言った。その小箱には共通点もなさそうな物が雑多に詰め込まれていたが、どれも新品のように綻びもなく十二分に使えそうなものばかりである。
穏やかで落ち着いている尾浜先輩が、まだまだ使えるだろうそれらをどうして要らないなんて言うのか。正直全く分からなかったのだが、しかしきり丸は特に尋ねることもせずありがたく頂戴することにした。
尾浜先輩は終始感情の読めない微笑を浮かべていて、それが踏み込むことを許していない表情なのだと察していたからだ。
何も問うことなく辞去しようとしたきり丸に、尾浜先輩はようやくいつものように優しい笑顔を見せた。そして察したことを褒めるかのように柔らかく頭を撫でてから、黙したままきり丸を送り出したのだった。
それで今、頂いたものを抱えて自室に戻るところだったというわけだ。
両目を小銭に変えつつ答えたきり丸に、鉢屋先輩はなるほどなるほど、と感心したような声を上げている。きり丸にはそれが絶妙な棒読み、というか心ここにあらずであるような口ぶりに聞こえた。
「なあ、きり丸。それらを質に出したら、どのくらいの小金になるかな?」
「へ?え、うーん、そっすねぇ…………こんなもんすかね」
妙な反応を見せる鉢屋先輩を不思議そうに眺めていたきり丸は、続いてなされた意図の分からない質問に正直面くらった。だが特に難しいことでも面倒なことでもなかったため、これまでの人生で培った審美眼で抱えた小物たちを値踏みし率直に指で示して見せる。
「そうか。じゃあそれ全部、私に譲ってくれないか」
「えっ、嫌っすよ!」
きり丸は『くれ』という単語を耳にするや、わが身を盾に小間物の入った箱を鉢屋先輩から隠した。しかし己の要望を即座にかつすげなく断られたはずの鉢屋先輩は、未だ笑顔のままである。
「答えを出すのは最後まで聞いてからにしたほうがいいぞ。タダでとは言わん。これだけ払おう」
言いながら笑みを深めた鉢屋先輩が掲げた指の数は、先ほどきり丸が示したそれの倍の数だった。
「えっ!?そんなに!?」
「どうだ?」
「いいんすか!?ぜひ、お譲りさせてくださぁい♡まいどありぃ~あひゃひゃひゃひゃ!」
割の良すぎる取引に、きり丸は一も二もなく飛びついた。両目を小銭に変え、すかさず片方の手のひらを先輩に向かって差し出す。
先輩は笑みを浮かべたまま懐から財布を取り出して、自ら打診した分の対価を載せてくれた。きり丸は代わりに小間物の入った小箱を鉢屋先輩に手渡してから、受け取った銭を確かめる。
受け取ってすぐ金勘定をしたのは決して先輩を疑っているからではない。どケチの習性のようなものである。
金額に誤りがないことを確認して満足げに息をついたきり丸は、そこでふと疑問を覚えた。目線を上げてみれば、鉢屋先輩は手にした小間物の入った箱を微笑を浮かべて眺めている。
「鉢屋先輩。それ、なんでそんなに欲しいんすか?……まさか、実はめちゃくちゃ価値がある物だったりするんすか!?」
外見が親しい先輩によく似ているからだろうか、気が付けばきり丸の口からは疑問が自然と転がり出ていた。その上言葉を紡ぐうちに、もしや買い叩かれたのではないかという若干の疑いが芽生え、本能的に鉢屋先輩に飛びかかる恰好になる。
急に飛びつかれたことに驚いたらしい鉢屋先輩は、しかしきり丸の体を片腕で抱き留めながらすぐに苦笑を浮かべた。
「いやいや、そんなすごいものでは全くないよ。質に持って行けばきり丸の審美眼通りだと思うから安心するといい。疑いが晴れないなら質に同行してもいいけど?」
鉢屋先輩は苦く笑いながらきり丸の疑いを柔らかく否定する。きり丸としても本気で疑っていたわけではないため、鉢屋先輩の言に納得しその身体から降りる。
「じゃあなんでなんすか?」
きり丸は改めて先輩をまっすぐに見上げ、重ねて問うた。
本来ならきり丸は、進んで他人の事情に首を突っ込んだりはしない。尾浜先輩からこの小間物を受け取った時のように。
それは、世の中には様々な人がいて抱える事情は様々だということをよく知っているからだ。――ただし一年は組の、いや、乱太郎しんべヱの二人と一緒だとノリであちこち首を突っ込んでしまっている節は、正直に言うとあるような気はしている。
だが先ほどその箱を眺めていた鉢屋先輩の顔が何とも言えず優しくて、その柔らかな温もりを帯びた瞳に、どうしてだろうかいつか見た土井先生の瞳が重なって見えていた。映り込んだ囲炉裏の火が優しい光を弾いていた、黒く穏やかな瞳の幻が。
それ故に、その胸の内をどうしても訊いてみたい、という衝動に駆られていた。
尋ねられるとは思っていなかったのか、鉢屋先輩は意外そうな顔をした。しかしきり丸がじっと見つめていると、先輩は淡く微笑みながら再び箱に視線を落とした。
「……私にとっては、それ以上の価値があるものなんだよ。どうしても欲しいのに、手に入らなかったものなんだ」
それきり、鉢屋先輩は押し黙った。その表情は相変わらずごく柔らかい。しかし、寂しげな色が微かに浮かんでいるようにきり丸には見えていた。
また、きり丸は不思議な既視感も覚えていた。そんな不思議で寂しくて優しい表情を、きり丸はごく最近見たような気がしたのだ。
だが鉢屋先輩がその胸の内を答えてくれた事実に対する驚きが勝り、既視感の正体を探る方にまで気が回らない。
知りたかったから尋ねたのだが、正直答えてくれるとは思っていなかった。あの時の土井先生のように、はぐらかすものだと思っていたのだ。
ところが、曖昧な表現が用いられた誤魔化しの多い答えではあれど答えてくれた。恐らくきり丸が真剣だと知って応えてくれたのだろう。鉢屋先輩はやはり優しい人だと、きり丸は思う。
霞のかかったような不思議で複雑な鉢屋先輩の表情に、それ以上は尋ねてはいけないのだと思いただ頷いた。そんなきり丸に鉢屋先輩は目元を和らげて、黙ったまま頭を撫でてからゆっくりと歩み去っていった。
去りゆく背中をぼんやりと見送る。無言で頭を撫でられたのは本日二度目である。
鉢屋先輩の姿が視界から完全に消えてから、きり丸は握りしめていた手を開いて受け取った小銭を眺めた。
品々の価値に見合うとは思えない、大きすぎる対価。それはそのまま、鉢屋先輩の欲求の強さが現れているように思えた。
きっと鉢屋先輩が本当に欲しかったものは、あの小間物などではないのだろう。
手に入れることはできなくて、それでも、どうしても諦められないほどの何か。
それほどに強く欲するものの代わりになるようなものが、あの小間物たちの中にあったのかもしれない。
欲しいのに、手に入らない。愛おしそうに見つめるその瞳。
鉢屋先輩の不思議と柔らかな表情を思い返していたら、きり丸はなんだか無性に土井先生に会いたくなってきた。今の時間帯ならきっと職員室にいるだろう。
鉢屋先輩から受け取った小銭を再び握りしめると、きり丸は不可解な欲求に従って廊下を駆け出した。
想いのかたみに
誰も得しない、私が書きたかっただけの話part2。
勘右衛門が没収した贈り物たちが何故三郎の手に渡っていたのか、のエピソードです。
委員会が終わった後、勘右衛門は部屋に戻る途中の庄ちゃんを呼び止めて、庄ちゃん伝いにそっときり丸を呼び出しました。三郎は関心など無いだろうと思いつつもやっぱり気まずくて、三郎のいない所で話をしたつもりでした。
でも三郎はそれを聞いていた。聞き耳を立てていた、が正しいかもしれないけど。つまり、そういうことです。
折角きり丸を出したし、きり丸と土井先生の関係も大好きなので絡めちゃいましたが、彼らの間にあるものは恋愛感情ではないつもりで書きました一応。……匂ってたらごめんなさいね、きり土井好きなんです()
きり丸と土井先生の間にあるのも、深く強い『名状しがたき愛情』だと思っているので、きり丸が鉢屋の中に土井先生から向けられている感情を見出そうとしていたら可愛いなと思って。欲望のままに書きました(笑)
お読み頂きありがとうございました!