こいいろの花びらで願いを刻んで //落乱-鉢尾小説 万年時計のまわる音

心地の良い怠さで満たされた感覚を噛み締めながら、私は脇に除けておいた掛け布団を引き寄せた。

それを傍の、今し方綺麗に拭い清めてやったばかりの勘右衛門の上へ広げようとして、いつの間にか彼がこちらに背を向けて身を丸めているのに気が付き手を止めた。
いつものことながら大変面白くなく思い、これまたいつものようにその身を力技でこちらに向かせる。少々手荒になったが、体力を使い果たし眠りに落ちた彼が目覚める気配はない。
静かに規則正しい寝息を立てるその顔は歳以上にあどけなく、常の食えない狸のような人物とは思えない愛らしさがある。

布団を掛けてやってから、眠る彼の顔をじっくりと眺める。
日頃ころころと表情を変える活き活きとした姿も彼の魅力の一つではあるのだが、照れが勝って(情けない話だが)その顔を見つめることができない私には、気兼ねせずに思うさま眺めていられるこの時間は至福の時間なのである。

指の背で頬を撫でると、ほの温かくつるりとした感触が心地いい。欲求のまま暫し撫で続けていると、くすぐったかったのか不意にむずかるような顔をした勘右衛門にその手を掴まれた。まるで幼子のようなその仕草に思わず笑みがこぼれる。掴まれた手はそのままに、再び安らかな眠りに落ちていったその顔を飽くことなく眺めた。

っくし!

急に襲われた鼻のむず痒さに耐え切れず、くしゃみをひとつ。
まだ肌寒い晩春の宵に着崩した夜着一枚では風邪を引きそうだ。満足行くまで眺めたことだし、乱れた夜着を正し勘右衛門の隣に身体を滑り込ませる。
勘右衛門は私が夜着を正している隙に再びこちらに背を向けていた。捕まえておかないとすぐにそっぽを向いてしまう勘右衛門にやはり面白くなく思いつつも、今度はそのまま、背中側から癖のある髪をそっと除けた。

露わになったほの白い首筋、右耳の後ろの際の辺りに、先ほど勘右衛門が私の首筋に着けたであろうものと似た赤い痕がある。躊躇うことなくその花弁に少しキツめに吸い付いて離すと、薄紅の花びらは紫掛かった濃い色へと変わった。
満足感に目を細め、その花弁を指先で撫でた。つい、口角が上がる。

それは私が漸く勘右衛門を手に入れた夜から欠かさず、彼が堕ちた後ひっそりと続けている習慣だった。

長いこと恋い焦がれ、しかし情けないことに想いも告げられず手も出せずにいた相手である勘右衛門が、私を好きだという。
こんな機会はきっと二度とない。そんな必死さが己に住まう天邪鬼に打ち勝ったとでもいうのか、不思議と素直にかつ間髪入れずに諾の言葉がすべり出た。あの時の、豆鉄砲を食らったような勘右衛門の顔は忘れられない。

私の返事に珍しい表情を見せるほど驚いていたこと、そもそもが冗談のような口ぶりだったことに若干の不安を覚えてはいたものの、少しずつ距離を縮めると勘右衛門は満更でもない反応を返してくれた。探り探り、慎重に距離を縮めていき、ついに勘右衛門をこの腕に抱いた日は、心中でガッツポーズをしむせび泣いたものだ。
羞恥や痛みと闘いながらも必死に強がって見せ、その身を開いて私を受け入れてくれた勘右衛門はとても愛おしく、そして悩ましいほどに色っぽかった。あれ以来、勘右衛門のことを考えている時間が間違いなく増えたと断言できる。無論、公言などしないが。

彼の首筋に咲かせた紫の花弁をなぞる。
至近に寄らなければ分からないし、本人には絶対に気付かれないであろう箇所を狙って、繰り返し痕を付けた。薄れて消えてしまわないよう、いっそ傷痕のように永遠に残ってしまえばいいと思い、同じ場所に何度も花弁を重ねる。
誰に何と言われようと、例え本人が嫌がろうと知ったことではない。こいつは私のものだという印を、永遠に隣にいて欲しいという願いを、その身に刻みつけておきたいのだ。

満足してそっと髪を元に戻し横になろうとして、ふと己の腕に残る淡い痕が視界に入った。
それは数日前に同衾した際に勘右衛門が刻んだ痕――をなぞって自分で描いた化粧である。

「また前と違う場所につけやがって…」

不満に鼻を鳴らし、思わず小声で文句を垂れる。
思慮深い勘右衛門は、鬱血痕を繰り返し刻むと癖になる可能性があることを慮ってだろう、毎度違う場所に遠慮がちに薄い痕をひとつだけ残す。しかも選ぶ場所は目立たず服で隠れる場所ばかりだ。

勘右衛門が私を「自分のもの」だと思っていないことは、その態度からも明白だった。ひどくあっさりとした態度を見せ、雷蔵に呆れられるくらいそっけない態度を取ってしまっても不平も言わず、屈託なく笑っている。しかし、その笑顔の裏側に哀しみを抱いていることも、ふとした表情や態度から、察していた。

彼をそんな感じる必要のない哀しみから救うには、私がどれだけ勘右衛門を大事に思っているのかを、口や態度に出して伝えられればいい。そんなことは分かってはいるのだが、照れ性で天邪鬼な己の質が邪魔をして素直になれないのだ。彼の告白を即断で受け入れることができたのは奇跡だったといえよう。

「…もっと私を欲してくれよ、勘右衛門」

彼の豊かな黒髪を指で梳きながらぼそりと呟く。情けなくも他人頼りな発言に自嘲の笑みがこぼれた。
勇気を絞って思いを告げてくれたのだろう勘右衛門に対して、ひたすら甘え続けている状態である己の努力不足は自覚している。しかし、好かれているはずという自負はあっても、あっさりとした勘右衛門の態度を見るたびに、どうしても臆病になる己も認識してもいた。
己が打ち破らねばならないのは、照れ性でも天邪鬼でもなく、勘右衛門を失うことに対する恐怖心であるようだ。

指の間を流れ落ちる癖のある勘右衛門の髪は少しひんやりとして心地いい。

明日こそは、思いを伝えられるように頑張ろう。
そんなことをうっすらと考えながら、じんわりと這い上がってくる睡魔に誘われるままに、背中から勘右衛門を抱き込んで眠りに落ちていった。

こいいろの花びらで
願いを刻んで


[2017/01/28] pixiv初稿

ルンルンで尾浜目線の小説を書いた後、8弾を観劇して無事死に、当時地方勢だったため帰還したものの日々爆発四散していて
脳みそが使い物にならず、口を開けば8弾、学級、尾浜、鉢尾、鉢屋、五年……などと唱え、
ニコ生をフルセット購入し24h×2回使って死ぬほど見返しては死ぬという日々を過ごした後に書き上げました(しろめ
つまりとち狂った後の初投稿だった訳ですね。元々予定していた話なので内容的には狂っていなかったのが幸いでした(笑)
狂ってたのはキャプションだけだった……「そうだ、本出そう」とか言い出したのこの前なのかあとなのか……記憶ゼロ。
しかし8弾、ほんっっっとーーーーーに青天の霹靂でした。爆発四散した。何を見させられていたのか????
未だにオープニング直後の衝撃は忘れられません。四弾の文次郎が撃たれた時より多分動揺してた。
お陰様で社畜を経てライトなオタクと化していたのが、いつの間にか同人に手を染めることになりました。
取り敢えず日々楽しいですオタクライフ最高ですありがとうございます

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