壱、たぬきの仕掛けた甘い罠 - 室町狐狸合戦! //落乱-鉢尾小説 

一流忍者を志す子どもたちの集う忍術学園。
夜も更け、いつもは賑やかな忍たま長屋も既に静寂に包まれていた。

その一室で一人教科書の文を目でなぞりつつ、尾浜勘右衛門は全然別のことを考えていた。
まだ肌寒ささえ感じる晩春の夜風に文机の蝋燭の灯りが揺らめく。

これから大勝負を仕掛ける。狙いは一人――

クラスメートからはボーっとしてる奴って思われている節が無くはないが、
勘右衛門自身は自分がずるい奴だと自覚しおり駆け引きは大の得意と自負していた。
絶対失敗はしない自信が、ある。

「――…本気なのか、勘右衛門?」

背後から不意に声がかかる。
来訪者の存在には気づいていた。勘右衛門は教科書を眺めてその人物が来るのを待っていたのだから。
自然と浮かんだ笑みを口の端に湛え、ゆっくりと振り返る。

「本気だよ、」

顧みるとその人物は戸口の柱に身を預けて腕を組み、訝しげな顔でこちらを眺めている。そんな彼らしい佇まいに勘右衛門は笑みを深めた。

「来てくれてありがと、鉢屋」

壱、たぬきの仕掛けた甘い罠

まず礼を述べると、来訪者・鉢屋三郎は片眉を跳ね上げた。予想通りの反応に勘右衛門の顔に笑みが浮かぶ。
よく“無害そう”と評されるにこにこ笑顔を浮かべて鉢屋の顔を見つめていると、キツネ似のつり目でじっと勘右衛門を見返してくる。勘右衛門の真意を探ろうと言うのだろう。しかし勘右衛門がそれ以上行動を起こさないので、ため息をつきつつ身を起こして後ろ手に戸を閉めた。勘右衛門の近くへやって来るとその場にやや乱暴に胡坐をかき、目線を落として何事か考えている。

…ま、おれは今鉢屋が考えてることなんて、手に取るように分かるけど。
彼の様子を眺めながらそう思い、勘右衛門は鉢屋の動きを待った。もちろんこれも作戦のうちだ。
そうして待つことほんの数秒、沈黙していた鉢屋は相変わらず訝しげに口を開いた。

「…だが、何故私なんだ?房中術の練習なら…くの一に頼めばいいだろうが」

鉢屋は相変わらず訝しげに問うて来た。

そう、それ。
勘右衛門は表情が動かないよう気を付けつつ鉢屋の目を見返して、思う。

変なことや妙なことを言われても発言者が本気なら真剣に考える。
きちんと考えた上で、真面目に応える。
鉢屋を調子のいいやつだと思っている人が多いようだが実際は誠実で優しい。
そんな彼を、勘右衛門は好ましく思っていた。

「いやー、男相手の練習もしとこっかなーって思って」

考えていることとは裏腹に、軽い冗談のようなノリの言葉を口にする。
すると鉢屋は片眉を再び跳ね上げた。

「…なんだそれは。冗談ぬかしてるなら帰るぞ。私だって暇なわけじゃないんだ」

どうも勘右衛門の軽い調子が少々癇に障ったらしい。
だがそれも勘右衛門の計算通りである。内心したり顔で鉢屋に焦って言い訳をする、ような体裁をとる。

「だってさぁオトコノコが好きですー、とかいうスキモノなオッサンとかいるかもしんないじゃん?もしもの時のための対策だよ!…で、やることにしたのはいいけど、兵助にはさすがに頼めないし…」

同室の久々知兵助は、ずっと好きだったろ組の友人竹谷八左ヱ門と付き合いはじめた。
兵助たちを選択肢から外す正当な理由ができた上に、今彼らは逢い引き中だ。
(兵助は勘右衛門以外には秘密、八左ヱ門は誰にも秘密のつもりなのだろうが仲間内どころか同級生にすらバレバレだったりする)
今晩兵助はこの室には帰らないはずである。

「雷蔵に頼んだら鉢屋が怒るだろ?」

その雷蔵は委員会で不在。そこまで確認済み。
つまり今夜は絶好の“鉢屋三郎騙し日和”なのだ。

「…消去法かよ」

鉢屋が不服そうにボソッと呟いた。が、勘右衛門はそれを華麗に無視して両手を合わせ頼み込む姿勢をとる。

「てなわけで、鉢屋しかいないんだよ~!ねっ、お願い!」

鉢屋を拝むようにわざと仰々しくお願いすると、鉢屋は予想通りに胡散臭げな顔で頭を下げる勘右衛門を見下ろした。

「…真面目ない組とはいえ、“もしもの為に”とか、お前そこまで真面目な生徒じゃないだろが。何企んでるんだか知らんが、私はやらんから他当たれ」

動機が本気でないことを見抜いた鉢屋はしらっと言い放ち、腰を上げた。それをさらに慌てたそぶりで引き止める。

「わわわっ、待ってよ待って!ごめんて!…房中術の練習っていうのは、嘘。…まぁ、やることは一緒だけど。」
「…はぁ?」

最後の一言を小さくつけたすと、聞き取れなかったらしい鉢屋が不審顔のまま訊き返してくる。
それには応えず、勘右衛門はにっこり笑顔で口を開いた。

「ねえ鉢屋、俺とヤろ?」

まるで散歩にでも出かけようかという軽い調子の誘いに、鉢屋はギギッ、と音がしそうなくらい不自然に身体を動かした。

「――…一応訊くぞ、勘右衛門。…何を、やろうって…?」
「だから、俺と交わr 「だぁああああーーーー!!!」

笑顔全開の勘右衛門の即答を、鉢屋は彼を抱え込みその口をふさぎながら大声を出すことで阻止した。あまりの慌てぶりに勘右衛門は内心で爆笑する。
そんなことを知る由もない鉢屋は辺りをきょときょと伺った後、腕の中の勘右衛門を若干声を抑えて叱りつけた。

「おまっ…そんな破廉恥なことを声を大にして言うなっ!」
「デカい声出したのは鉢屋じゃんか~」

口をふさいでいた鉢屋の手をもぎ取って唇を尖らせた勘右衛門は、鉢屋に全力の拳固をお見舞いされた。

「ってぇー!なにすんだよ鉢屋っ!」
「やかましい!そういう問題じゃないだろうが!」

勘右衛門が頭を庇って文句を言いながらチラリと横目で伺うと、鉢屋は羞恥に頬を染めてカッカと怒っている。千の顔を持つ男の異名を持つ彼のごく自然なそぶりに、ふわりと浮かんだ愛おしげな笑みを勘右衛門は顔を伏せて隠した。表情を消してから、くどくどと説教をかまし続けている鉢屋の首に正面から腕を回して体重をかけ、ぎょっとしている彼をそのまま押し倒した。下敷きにした鉢屋の鼻に自分の鼻がくっつく程顔を近づけ、勘右衛門はその目を覗きこんだ。
動揺と混乱に揺れる薄色の瞳。これだけはどうあっても偽ることができない、鉢屋三郎本人のもの。

「鉢屋さあ、雷蔵(すきなやつ)に手出せなくて溜まってるだろ?おれも溜まってるしー、鉢屋そーいうの上手そうだしー、おれとヤろーよ?って言ってるんだけど。結構お買い得だと思うんだけど?」

「なっ…ば、ばかか!」

勘右衛門は何でもないかのようなゆるい言葉回しと甘い言葉を駆使して全力で誘惑する。押し倒された鉢屋は二の句も告げず、目を白黒させるばかりだ。

「おれも鉢屋も溜めずに済む、ほーら利害一致!おれは気持ちよければいーし、雷蔵には秘密にしといてあげる。…何ならおれを雷蔵だと思ってくれても構わないし。ね?」

誘惑を続けながら、未だぼんやり気味の鉢屋に自覚を促す様に彼の股間を指でつぅ…と撫でた。

「うぉおっ!?」「っわぁ!?」

指の感触に反応し驚いた鉢屋は、勘右衛門を首にくっ付けたままがばっと起き上がった。予想外の動きに勘右衛門も思わず声を上げる。
勘右衛門が鉢屋の腹筋に感心し目を瞬いていると、鉢屋は自分の首に回った勘右衛門の腕をがっしと掴んだ。力づくで引っぺがそうとするが、勘右衛門は意地でも逃がさんとばかりに彼の首にかじりつく。

「~~~~~~っ、えぇい!離れろ勘右衛門んん~~~!!」
「いーやーだーねええー!鉢屋がぁー、うんってぇー、言うまでぇー、離れないもんねえええ!!」

互いに妙な雄たけびを上げながらの意地と意地のぶつかり合いがしばし続き、ついに鉢屋は降参した。
鉢屋もまたその契約に惹かれていたのだろう…若さ故に。

「…絶対に、誰にも秘密だからな」
「もちろん。契約成立だね!」

ぶっきらぼうに言いながら鉢屋が出した小指に、勘右衛門はクスリと笑いながら自分のそれを絡めた。

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[2011/8/23] pixiv初稿

こういうのが読みたいな~~~と思って書き殴り、せっかく書いたしと
試しに投稿したら続きが読みたい!と言って下さる方が居て調子に乗った結果
連載する形になった…という、二次創作小説を書き始めるきっかけになった作品です。
勘ちゃんのキャラも視点もブレブレだし拙過ぎて恥ずかしいのですが
直し始めると切りが無いのでこのままにしておきます…。
[2020/11/22]

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