トイペ1、最高の不運 - 不運のススメ //落乱-伏さこ小説 

初めての委員会決めの時、僕は保健委員に立候補した。
クラスのみんなはびっくりしていたみたいだったけど、僕にとっては当然の選択だった。

だって“不運委員会”なんて呼ばれてる委員会だよ?
その一員になるなんて、すごいスリルぅ~!

不運委員会は思っていたよりもかなり居心地がよくて、僕はすっごく気に入っている。
委員長の伊作先輩も三年生の数馬先輩も優しいし、は組の乱太郎ともすぐに仲良くなった。
でもそんな素敵な委員会にも、残念なところがひとつだけあったんだ。

トイペ1、最高の不運

その日、鶴町伏木蔵は保健委員のお仕事を遂行すべく保健室へ向かっていた。

今日は委員長の伊作との当番だ。当番の日は休み時間中ずっと保健室に拘束されはするものの、伏木蔵が一年生であるため必ず大好きな先輩たちと一緒である。苦痛ではないどころかむしろ楽しみで、伏木蔵の足も自然と軽くなる。

「失礼しまぁーす!」
「うるさいぞ伏木蔵。もっと静かに入ってこい」

元気よく声をかけて保健室の戸を開けた途端、お叱りの言葉が飛んできて伏木蔵は眉をしかめた。
室内を伺うと、松葉色ではなく紺青色の背中がみえる。そこにいたのは伊作ではなく、二年生の先輩・川西左近だった。
伏木蔵は渋々音量を抑え、ついでにトーンまで落とし気味に尋ねた。

「なんで左近先輩がいるんですかぁ?今日は伊作先輩のハズじゃないんですか~」
「伊作先輩が風邪をひいてしまわれたから、当番を代わったんだ」

左近は手を休めずに伏木蔵の問いに即答する。
作業に集中しているだけなのか無視しているのかは不明だが、伏木蔵のトーンダウンにも何も言わず振り返りもしないので嫌そうな顔にも気付かない。
そんな左近の様子に不満な色を抑えもせず、伏木蔵はさらに尋ねた。

「でもなんで左近先輩なんですかぁ?順当に行くなら数馬先輩でしょう?」
「その数馬先輩から風邪をうつされたんだ。元気な上級生はもう僕しかいないから仕方なく、だ。放課後を突然フイにされた僕が文句も言わず仕事してるんだ、文句言うな」

さすがの左近もそこまで露骨に言われれば伏木蔵の不満を察せざるを得ない。
左近の言葉は苛立たしげだったが、やはりこちらを向こうという気は皆無のようだ。

なぜ伏木蔵が左近を嫌がるのか。
それは、お気に入りの不運委員会における唯一の欠点こそ、唯一の二年生の先輩である左近だと思っているからだ。
左近が乱太郎に嫌味を言っているところを何度も見かけているし、乱太郎の傍にいる伏木蔵にも時々嫌味な視線を投げてくる。

それに、と、伏木蔵は数日前の昼食の時には組数人と一緒になったことを思い出す。

「左近先輩が当番の時の保健室には行きたくないよなぁ」
「え、きり丸。君、保健委員の二年生に会ったことがあるの?」

あっけらかんと言い放ったきり丸に怪士丸が小首を傾げた。怪士丸は伏木蔵のクラスメートで、きり丸と同じ図書委員会に所属している。怪士丸の問いかけにきり丸は苦虫を噛み潰したみたいな顔をした。

「まぁな。こないだサッカーしてた時にコケちゃって。そん時たまたま当番が左近先輩だったんだ。だけどさー、治療中ずっと嫌味言ってるし、薬は超染みるし、もー最悪」

ずっと嫌味、のくだりでちょっと眉を下げた怪士丸は、染みる、で怖そうに身を縮めた。 思い出し苛立ちとでも言いそうなうんざり顔のままでいるきり丸に、は組の1人である伊助が意外そうに口を挟んできた。

「えー、保健委員でもそうなの?二年ってホントにヤな先輩多いんだな。僕んとこもだよ」
「げ、マジかよ。図書委員にも二年生いるんだけどさー、口うるさいし無駄に偉そうでさ。ホントにやんなっちゃうよなぁー」

二年生が居たらネチネチと文句言われそうな事を話して互いに頷き合うきり丸と伊助を見て、怪士丸は確か困った風に苦笑して――

「おい、いつまでも何ぼんやり突っ立ってんだよ。この山のような包帯が、僕が一体何してるのか見えないのか?とりあえずこれ出来るだけ片づけるのが今日の仕事だから。巻き器出してきてお前もやれよ」

長ったらしい嫌味と命令が飛んできて伏木蔵の回想は中断させられた。

会って早々嫌な感じだなぁ。

腹立たしかったが、確かに左近の脇には包帯が山のように積み重ねてあり、伏木蔵が回想にふけっていたのは事実だ。そして自分が来る前から今も作業を続けていた左近の言い分が正しい。文句を言う資格のない伏木蔵は左近と仕事をしなければならないことに不満を覚えつつも、言われた通りにするしかなかった。

集中してしまえば、時間は早く過ぎていくものだ。

伏木蔵は苛立ちと左近への嫌な感情を誤魔化すために黙々と包帯巻きに勤しむことにした。そのお蔭か当番の時間内に山とあった包帯を全て巻き終えることができた。
自分の仕事の速さに満足しつつ、ふと見ると左近がこなした包帯の数より伏木蔵の方がどう見ても多いことに気付いた。

偉そうにしてる割に、左近先輩って仕事遅いんだなぁ。
後輩らしく左近の巻き器も一緒に片付けをして、ついでに一言嫌味でも言ってやろう。乱太郎の敵討ちだ。

そう思い伏木蔵は腰を上げたが、周囲に巻き器は自分の使っていたひとつしか見当たらない。

「――…? 左近先輩の巻き器はどこですかぁ?」

もしかしたら左近の体で隠れて見えてないだけかもしれないと思い、尋ねながら左近の正面に回り込んでみると、左近は最後の包帯を両手で巻き取っている最中だった。

「ないよ。この間壊れちゃったから。それが最後の一台」

巻くのに集中しているからなのか、左近は簡潔に答えた。
その返答に伏木蔵は目を丸くする。

最後の一台。

最後の一台。 それはつまり、何も言わずに左近が伏木蔵に巻き器をゆずってくれたことになる。
確かに先輩ではあるけれど、「意地悪」なはずの左近が――。
そこで伏木蔵はこの間の二年生談義の続きを思い出した。

二年生の話をしていたきり丸・伊助・怪士丸の三人の様子から、伏木蔵は二年生は皆性格が悪く、やっぱり左近は性格に難があるのだと納得していた。
人間観察は伏木蔵の趣味であり、そこから得た情報も参考にするのが伏木蔵の常だ。

「なっ?乱太郎もそう思うよな!」

話題に入ってこない乱太郎に、きり丸が急に話題をふった。
すると乱太郎は、ご飯を口に運びながら思案するような顔で首を傾げたのだ。

「そうかなぁ?」

「「え?」」

想定外の返答に、皆アホみたいにそろって訊き返した。無論伏木蔵もその1人だった。

「えーっ、だって乱太郎もよく『また嫌味言われた』とかってぷりぷり怒ってるじゃん!」

きり丸が納得しかねた風に不平を漏らすと、乱太郎は苦笑した。

「確かにムカっとするよ。――…だけど、それだけじゃない、っていうか…」

そう言う乱太郎の苦笑に左近への好意みたいな部分を見つけて、伏木蔵は不可解に思った。
あんなに嫌味ばかり言われている乱太郎が、好意――?
理解できず思案顔の乱太郎をじっと見つめていると、彼のさまよう視線が伏木蔵のそれとかちあった。

「ね、伏木蔵もそう思うよね?」

笑顔で同意を求められて、伏木蔵は困ってしまった。
伏木蔵だって嫌な先輩だなと思っていたし、乱太郎の苦笑の中にみつけた「好意」らしきものの根拠にも全く心当たりがなかったのだから。
どうしようか心中で逡巡していた伏木蔵だったが、丁度その時予鈴が鳴り響いた。
授業が近いが昼食がまだ済んでいなかった。
総員慌ててご飯をかき込まねばならず、そこでその話はうやむやになった――

――今自分は、あの時乱太郎が言いたかった左近の「意地悪なだけじゃない」部分を垣間見ているというのだろうか?

だとすると、人間観察を趣味と掲げる伏木蔵が左近という人間を見誤っていたということになる。伏木蔵は信じられない気持ちで真剣な面もちで包帯を巻く左近をじっくりと観察し始めた。当の左近は包帯にのみ注意を払っていて、伏木蔵の視線になんか気づきもしない。

包帯が左近の手の中で少しずつ、少しずつ、丁寧に巻かれていく――…。
ただひたすら機械をクルクル廻していただけの伏木蔵と今こうして丁寧に巻いている左近とを比べたら、どう考えても左近が見習うべき対象であろう。その真摯な態度は手馴れていればできるという類のものではない。伏木蔵の持っていた彼の印象とは雲泥の差だ。

そういえば伊作先輩が、きちっと巻いてある包帯ほど使いやすいものはない、と言っていたっけ。使いやすければより相手を気遣った巻き方ができる、だから巻き取るときは丁寧にやれ、とも――…。

そこでさらに一つ、気が付いた。

『うるさいぞ伏木蔵。もっと静かに入ってこい』

伊作先輩のことを思い出していたら芋づる式に、以前当番で一緒にいた時に数馬先輩の同級生が保健室に来たときのことを思い出した。
楽しげに大騒ぎしながら保健室にやってきたクラスメートを、数馬先輩がたしなめたのだ。保健室には病人が寝ていることもあるのだから、静かにしなければいけないと――。

そこまで考えて伏木蔵はハッとした。
伏木蔵自身が知っている左近のことなど一つもなかったのだ。
今の自分の中にある左近への印象は周りの人たちの観察から受けたものばかりで、しかもどれもみな他の一年生が情報元ではないか。しかもこれまで伊作先輩や数馬先輩をはじめ他の上級生が左近先輩について話しているのを聴いたことなど一度もない。

『複数人から得た情報を複合すれば客観的だ』という思い込みに溺れていた。
他人の受けた印象を鵜呑みにして、左近という人間を敬遠していたのだ。
最も頼れるのは自分の感覚だ。自分から近くへ行き、自分の目で、耳で、感覚で確かめる。そうして得た主観的な考えを他者の視点による情報で補って初めて、客観性を得られるのだ。

伏木蔵は今が気付いた己の人間観察への失敗と反省を踏まえ、手始めにそれに気づかせてくれた左近に自分から関わることで、その人柄を見極めてやろうと決意した。思い立ったが吉日だ。

左近が最後の一つを巻ききるのをじっと待つ。そして欲求のままに、その手から巻き終えたばかりの包帯をひょいっと奪い取ってしげしげと眺めてみる。実をいうと伏木蔵はさっきから左近が丁寧に丁寧に巻いた包帯をよくよく見てみたかったのだった。

彼が巻き上げたそれは、機械で巻いたものように堅くしっかり――とはいかないものの、見ただけで丁寧に巻かれたのが分かるきれいな仕上がりだった。とてもじゃないが、今の伏木蔵には真似できそうにない。

「ほえー…。先輩、器用ですねぇ。すごい綺麗ですぅ」

その見事な出来に、無意識にぽろっと本音が出た。
ハッと我に返った伏木蔵は、いつものように打てば響く素早さで嫌味か偉ぶった返事が返ってくると思い、構えた。しかし反応がない。不審に思った伏木蔵は、包帯から左近へと視線を移した。
左近は口と目をポカンと開いて伏木蔵を見つめていた。が、暫しの間をおいて見る間に茹でダコになった。いや、言いたいことがまったく言葉にならないらしく、口をぱくぱくと動かしているその様は、タコというより金魚に似ているかもしれない。

あれぇ?

左近は次の瞬間には顔を向こうに向けてしまっていたが、伏木蔵は左近の表情の変化と見事な金魚っぷりをしっかり目撃していた。思わずニヤニヤする。

もしかしなくても、照れてる…よね?
――…もしかして左近先輩って…案外面白い人だったりして…?

強く興味を引かれて、伏木蔵はそのまま左近の観察を続行した。暫くそっぽをむいていた左近は、間をおいてそーっとこちらを伺い、伏木蔵がニヤニヤしながら自分を見ているのに気がつくと、顔を真っ赤にして怒鳴った。

「~~~っおま、なに、笑ってんだッ!さっさとまき…巻き器と包帯片付けて来い!!」

怒鳴り散らす左近は耳まで真っ赤で、おまけにつっかえまくりで全然迫力がない。
そんな左近を見て伏木蔵は目をきらきらと輝かせた。

うわぁ、なんだこの人

僕好みの反応ばっかりするなぁ

いじりがいがありそう~

「ダメですよぉ左近先輩~、保健室では静かにしないとぉ」

いじりたいという欲求に従順にかつ先ほどの報復も兼ねて正論で茶化してみると、左近は再び怒鳴りかけてそれをぐっと我慢した。堪えた怒りが余すところなく表れている顔のままで、伏木蔵を睨み上げてわなわなと震えている。

わあ、想像以上の反応!

素晴らしすぎでしょ~

「―――………ふ、伏木蔵……?」
「わぁ~!今片づけてきますから、怒らないでくださぁい!」

低い声で名を呼ばれた伏木蔵は、慌てて巻き器の片づけに取り掛かった。
左近に謝る伏木蔵の顔は、しかし、反省するでも先輩の怒りを恐れるでもなく、うっとりとした表情をしていた。その双眸はこれ以上ないくらいに輝いている。

こんなに面白い人が身近にいたなんて、えきさいてぃんぐぅ~!
やっぱり不運委員会って最高だなぁ、僕の楽園だよ!
今まで左近先輩の面白さに気づかなかったなんて、もったいないことしたなぁ…

ルンルンと巻き器を片づける伏木蔵の背後で左近は羞恥にぷるぷると震えつつ、怒られたのに何故かひどく嬉しげな伏木蔵を不審げに睨んでいた。

こうして伏木蔵にとっての委員会の欠点は(彼にとっての)最高の部分となり、左近への好意と興味が跳ね上がった。
――好意とはいえ、乱太郎のそれとは絶対に異なるものだろうけれど。
そしてそのために、以後『最大の不運』と呪いたくなる関係が出来上がってしまっていたことを、幸運にも左近はまだ知らない。

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[2011/10/26] pixiv初稿

ハマったはいいがドドドマイナーらしくあまりにも数が少なくて悲しくなったのでこういうのが読みたいな~という構想のもとに勢いで書いてみた、ってやつです。
年齢操作になっていく予定で先々まで妄想はしているのですが…なかなか書けなくなってしまいました。
増えろ~増えろ~という念だけはあるので、いつか練り直して書きたいですねー(遠い目)
[2020/11/22]

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